永劫の者と要因A 3
エニーズの他に、アーニーズと言うシリーズの魔獣も作られている。
アーニーズは、要因Aのレプリカと言える。だが、朱緋眼を持つ程の贄を、全てのアーニーズに与えるわけに行かない。知性がほとんどない分、強力な力を持たせることは危険だ。
数体のアーニーズにだけ、朱緋眼を持たせ、数十体のアーニーズのブレインとしてチームを作らせた。
アーニーズの主な仕事は、地上でエニーズの活動を補助し、彼等を守り、エニーズがマントルの下へ移動するための道を作る事だ。
エニーズとは別の箱の中で、アーニーズの体に「打撃」を与える実験が成されている。
古い人類が使うであろう、剣、鉄槌、銃弾等の様々な方法で、アーニーズの全身にダメージを与える。
ガツンガツンと、岩にぶつかるような音がして、アーニーズの体は変形した。
原型が無くなり、唯の柔らかい岩の塊になるまで。
その時の実験に使われた、青い瞳をしたアーニーズは、暫く変形した姿で床に伸びていたが、四肢を再生させ、頭部を持ち上げると、内側から空気を吹き込んだ風船のように元に戻った。
痛みは意に介さないと言う風に、目を瞬く。
弾丸を打ち込んだのは失敗だった。アーニーズの体が元に戻る時に、入射角と同じ角度で跳ね返ってきたからだ。
それにより銃弾を撃ち込んだ魔神が負傷し、治癒による手当てを必要とした。
大地の赤子の目を食いつぶした功績を持つ、「エニーズ・タイプワン」は、今は標本になっている一体のみが、黙読の間に飾られている。
エニーズ・タイプワンは、地殻の割れた火孔からマントルの中に侵入して、地殻の外に出ようと暴れていた大地の赤子に群がり、その眼球を食った。
岩の溶ける高温の中で、それ以上の働きをすることが出来ず、ほとんどのタイプワンは、マントルの中で分解してしまった。
そうなる事は、予想済みだったが、より野蛮で、マントル内での長い活動を必要とする「エニーズ・タイプツー」を作る事になり、「タイプワン」での反省点は幾つか活かされた。
まず、タイプワンの時は、マントルの中で崩れてしまったボディの強度を上げた。それから、より食欲に正直になるように基礎本能に影響を与えた。
肉房から乳を啜るより、肉房そのものに食欲を持った、先のタイプツーの反応は、彼等の本能の中では正常なのだ。
駄々っ子を泣き止ませ、先に導く者として、エニーズの働きを補助する「アーニーズ」を作った。アーニーズ達の知識ベースには、「魔力を以て、エニーズを補助・守護する事」が最優先事項とインプットされている。
要因Aの霊体は、時々、バニアリーモの視線に気づいたように、視線の方向を見ることがある。
もしや、私の存在が明るみになっていると言う事は? と仮説を立てたが、要因Aが「永劫の者」と言う特定の存在を知るすべはないはずだ。
眠りの中で、「大地の赤子」を害している者の存在を知ったとしても、それは魔神達の活動であると結論付けるだろう。
大丈夫だ。彼女は、我々の名を知らない。知っていたとしても、それを易々と利用できるほど、今の彼女には自由はない。
しかし、動物的な勘の様なもので、要因Aは「視線」に気付いているのかも知れない。
これは私が用心深くなる必要がある。要因Aを長時間観察するのは、しばらくやめておこう。
バニアリーモはそのように考え、他の「パターン」達を追う方に視線を戻した。
アーニーズの中でも、朱緋眼を持たせたある個体が、言葉を話すようになった。
覚えた言葉は、「アーニーズ」と「エニーズ」と「赤子」と「魔神」と「エデン」だ。
元々、アーニーズにも、そんなに知能を持たせる予定では無かったので、言葉を学習して音として発すると言う行動がとれるだけでも珍しい。
その個体の思考を魔力的に探ると、そのアーニーズはエニーズを「保護すべき赤子」だと認識していた。
「エデン」を創り出すために重要な役割を、アーニーズとエニーズは「魔神」から担っており、「エデン」が出来上がった時は、アーニーズもエニーズも、他の魔獣達と共に「エデン」で暮らすのだと夢見ている。
要因Aをベースに作ったレプリカであるアーニーズは、食欲だけが暴走しているエニーズより、人間的な思考力を持っているようだ。
やがて、新しい実験が行われた。実際に、地殻の下にエニーズ・タイプツーを送り込む実験だ。
大地の赤子が、他方の地殻の外に気を奪われている間に、タイプツーの一体を火孔から送り込み、どの程度の活動が可能かを観察したのだ。
すると、アーニーズ達は不思議な行動を見せた。まず、火孔に侵入させるタイプツーの体を結界で覆った。魔神達は誰も指示を出して居なくてもだ。
結界を使ってもマントルの影響は受けるのだが、確かに「耐火率」は上がるだろう。
その後、実験用のタイプツーのボディがマントルの中で砕けそうになると、アーニーズは「驚いたような表情」を浮かべ、結界を動かして、実験体をどうにかマントルの中から引きあげようとし始めた。
魔神達が「行動を抑制しろ」と言う信号を出さなかったら、アーニーズは実験を無視して、崩壊しかけたエニーズの体を「救出」してしまっただろう。
実験用のエニーズが消滅したとき、彼を地殻の下に送り込んだアーニーズ達は、ひどく無表情になっていた。
眼球をわずかに震わせ、呆けたように僅かに口を開けて、空中に留まったまま火孔を見下ろしていた。
どのアーニーズも、しばらく思考信号が消えた。やがて、朱い瞳のアーニーズが、応答を呼びかける信号に気付いた。
その一体に続いて、「保護すべきエニーズ」を探すように、アーニーズは城のほうに帰ってきた。
食べてしまいたい。食べてしまいたい。
また、ノスラウ王はそんな夢を見ている。彼の頭の中に浮かんでいるのは、大きな赤い太陽だ。
太陽を食らい、力を蓄え、宇宙へと旅立つ。自分の地位と命を脅かす者の居ない別の星で、新たな世界を築こう。我が絶対である、大地との子など生れない世界を。
それが無謀な夢であっても、恐怖に憑りつかれているノスラウ王にとっては、それは見果てぬ夢だった。




