永劫の者と要因A 2
ヤイロ・センドは、女性的な老人に見えた。喋る言葉の抑揚も、男性のものだった。しかし、生物上、ヤイロは女性体である。
人間達の仕来りと言う物で、ヤイロは男性として育てられたのだ。身体の凹凸は、さらし布で押さえつけて誤魔化しており、体を全体的に太らせているので、外見上は女性であると気づきにくい。
そのヤイロは、要因Aの事を知っている。
バニアリーモがそう気づいたのは、ヤイロと、その養女であるサクヤが船旅をしていた時だった。
ヤイロに引き取られる前、サクヤの守護幻覚、ササヤは、姉妹と共に魔力的に隔離された場所に居た。
しかし、ある日に世界の隙間に導かれ、霊体と成った要因Aと接触した。
バニアリーモが、要因Aの霊体を発見したのはその時である。
魔力と一緒に、記憶の一部を要因Gに転写した結果、要因Aは人間の年齢で言えば四歳ほどの幼い霊体に戻っていた。
ササヤは、幼体になった要因Aと交流を持ち、遊びとして要因Aに幾つかの魔術を教え、おしゃべりとして世界の見え方を教えた。
ササヤと言う守護幻覚が、世界のエネルギーと親和性のある神気を帯びており、幼い霊体に戻る前の要因Aの存在を知っていたと言う事が、姿を変えた要因Aと接触する原因になったようだ。
バニアリーモは、ササヤを導いた「何か」を警戒していた。
守護幻覚達しか知らなかった「世界の見え方」を、要因Aに伝えようと言う働きを、誰かが起こしている。
バニアリーモとしては、そう言う感想を持っていたからだ。
そこで、バニアリーモはカウサールに提案し、丁度、守護の弱まっていた「サクヤ」に、邪気としての「向こう側のエネルギー」を植え付けた。
なるべく、ササヤと要因Aを早く引き離すように、と言う働きかけをしたのである。そしてそれは思った通りの顛末を見せた。
ササヤと要因Aを引き離すことに成功し、一安心した永劫の者達であったが、大人の姿に戻った要因Aは、体に戻るのではなく、別の行動を取り始めた。
多くは、要因Aが「大地の赤子」の存在を、見通せるようになった事が原因にあるだろう。要因Aは、龍族に助けを求めた。
龍族が上手く動くために邪魔になる、龍狩りのギルドの働きを全く別の物に変えてしまうと言う策を企て、その策は成功した。
要因Aは、龍族の力を借りて「大地の赤子」に対抗しようとしている。もしくは、その矛先を魔神達に向けて来ることも考えられた。
そして要因Aの置いた、布石のもう一つ。古い人類達の軍隊と、要因Aの力を受け継いだ、要因Gの存在がある。
要因Gは脅威だ。彼が朱緋眼と、神気を操れる能力を持っていなければ、すぐにでも世界から抹殺しただろう。要因Gは、自分の放つ神気を、まだ完全にコントロールすることは出来ていない。
だからこそ、掴みどころがなく、何処に向かって神気が流れるかも読めない。何かの手を講じたら、逆探知される可能性もある故に、こちらから仕掛けることは避けたい。
それに、古い人類による要因Gへの扱いを見ると、古い人類達はこの「全ての脅威になる人物」を、消耗させて、始末してくれそうな気がする。
そう言った経緯から、要因Gに関してはしばらくは様子を見る事にしてある。
ユニソームと魔神達の一部が、「黙読の間」で新しい魔獣を作っている。
箱の中に閉じ込めてある魔獣は、卵の中の幼生か、母体の中の赤子のように、体の外から送られてくる栄養を無心に取り込んでいた。
ユニソームが何か言い、魔神達は魔獣の体の一部に触れ、機器から魔力を送り込む。意識を覚まさせるためのショックを与えたのだ。へそから自動的に送り込んでいた栄養源も断つ。
「キィー」と言うような細い声が、その魔獣の第一声だった。声を発したのと同時に、空中に浮かせた手を、何処となく動かす。
まだ、口から物を食べる事を学んでいないはずだが、魔獣は本能に従って、「栄養をくれるはずの物」を探し始めた。
目はまだ開いていない。体温を探し、においを嗅ぎつけ、顔を左右に振り、口に何かが当たるをの待っている。
やがて、箱の中に取り付けられていた「肉房」に感づいたようだった。布でくるまれ保温された人形を登り、それの先にある突起に口が触れると、突然口を大きく開け、「肉房」を食いちぎった。
中に仕込まれていた液体と、形を作っていた肉が、ぐちゃぐちゃになって魔獣の口元を汚す。
その魔獣は、口を汚した物を咀嚼し、においを嗅ぎつけて、自分の手足に付いた液体を舐めた。それから、床に溢れた液体に舌を伸ばし、口をつけて吸い込み始めた。
箱の中で防音隔離されて居なければ、その魔獣が床に滴った液体を啜る音が聞こえただろう。
その様子は、飢えて見境を無くした老人のように見えた。
エニーズの製造は順調なようだな、とバニアリーモは思った。
確かに、あの気の触れた老人のように振舞う魔獣の、育成の表現としては、製造で間違いはない。知能はほとんど必要ない。増やして、食わせるだけだ。
エニーズの体は、溶岩石のような物質で出来ており、柔らかく動くが、有機体の肉のように脆くない。
ユニソームの考える「大々的な戦闘活劇」の、こちら側の手として、エニーズは製造されている。
かつて、大地の赤子の目玉を食わせた、エニーズと同じ型の魔獣達が居たが、あの時の様な限定的な攻撃ではなく、今回のエニーズ達は、大地の赤子の体そのものを食らうように設定してある。
その脳に植え付けた術としては、大地の赤子の体を作っている物と同じ成分を、「美味しい物」だと思うよう、僅かの知恵を備えさせた。
しかし、と、バニアリーモは考える。
エニーズを作っている体の組成と、大地の赤子の体の組成は近くなるはずだ。エニーズが、自分の体を食べてしまうと言う事はないのだろうか。
もしくは、自分以外の別個体と共食いすると言う事は?
人間でも飢餓に陥れば人肉を食う。その事は視野に入っているか、ユニソームに確認しておこう。
バニアリーモはそれだけ考えて、別の目と頭が看ている別の場所に、視点を変えた。




