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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第五章~緋色の瞳は二人して~
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30.レールの上

 分裂体が持ってきた情報を受け取ったバニアリーモは、複数ある意識の中で情報を融合させ、情報網の中に、「王の目」が起こした異常を行き渡らせた。

 ユニソーム達に対しては一向に無関心な、あの「理性の王」に、何が起こったのか。

「バニアリーモ。姫の『お出かけ先』は?」と、カウサールが聞いてきた。

「南の森の、小さな月型湖の傍らだ。今は、姫本人の意思で、こっちに戻ってきている最中だな」と、バニアリーモは言う。「エムツーは、姫にフラれてしまってご傷心のようだ」

 それを聞いて、カウサールは呆れたように笑い声を抑える。

「旅から戻って『ようやくまとも』な状態になったのに、更に少年の勝手で引っ張り回されたら、姫も怒る。人間が忍耐力を持つには、体力と気力の余裕が必要だからな」

「サブターナの、今後の暮らしはどうする? 彼女としては、『管だらけ』も容認できるようだが」と、バニアリーモ。

「もう、赤ん坊扱いも必要あるまい。彼女も八歳だ」と、カウサール。「サブターナはサリアを気に入っている。彼女達を共同生活をさせてみよう。女性としても変化があるかも知れない」

「サブターナも、心構えとしては、十分に愛情深い娘だが?」

 バニアリーモがそう聞くと、カウサールは、「心は在っても、どう表現するかを学ぶ必要がある」と返す。

「承知したよ。同胞。しかし」と、バニアリーモは話を変える。「『王の目』の様子だが、伝聞だけで想像できる状態ではなかった。まるで、かつてのノスラウのようだったよ」

 それを聞いて、カウサールは沈黙した。彼等は生物の機能として、ショックは受けない。与えられた情報から、何かを思考しているようだ。

「『理性の王』が、『ノスラウ』に?」と、カウサールは確認する。

「動機の根源は不明だが、王の目が『食欲』と言う感覚を持っているとするなら、そのようなものを見せていた。これを見てくれ」

 そう言うと同時に、バニアリーモの触手の一つが、透明な箱状の空間を指す。其処に色彩の付いた光が集まり、黒い闇の中に金色の虹彩と縦に長い赤い瞳孔を見せる。

 泥沼の中で唸るように、「アダム」と唱える声も再生された。

 カウサールは応える。

「なるほど。まさしく、『ノスラウの如く』だな。しかし、私にはどうも、恐怖に基づいた食欲には思えない。その点では、王の目は『非ノスラウ』だ」

 そう言ってから、こう続けた。

「放浪者の妻を石化から解除した力を、知っているか?」

「『削除能力』だろう?」と、ユニソームの声がする。「そして、何の話だ?」

 カウサールは、説明するより先に、触手の一本で「箱」を示した。立体映像で再現された「王の目」は、まだ其処にある。

「エムツーが我々に疑問を持つようになった原因だ」と、カウサール。

 ユニソームは興味深げに目玉を伸ばし、鬼気迫ると言う風な「王の目」を凝視する。

 それを確認するような間をおいてから、カウサールが言う。

「『王の目』が、エムツーに対して何かを欲しているとすれば、先日彼が使い方を覚えた能力だろうな。我々には扱えない型の力だ。エムツーの今の状況は?」

「打ちひしがれるのをやめた所だ。最寄りの村に向かおうとしている。彼をこれからどうする?」と、バニアリーモ。

「『逃亡生活』を送ってもらおう。知恵を使える、より強い個体として成長させるために」と、カウサール。

「時々、『敵』を送り込むか」と、ユニソーム。

「それも面白い」と、カウサール。「彼のレベルに応じた、相応しい敵を用意しよう」

「相応しいと言うのは、どのような敵だ?」と、バニアリーモ。

「最初は、ごく弱い敵を与える。そして、戦闘技術や能力の発達度合に応じて、『なんとか始末できる敵』を送り込む。少しずつ育てて行けば良い」

 カウサールはそう言って、触手を伸ばし、透明な箱の中の粒子をエムツーの姿に変えた。


 エムツーは再び一ヶ月弱をかけてメルヘスの家に戻った。サブターナを連れて来れなかった理由を話すと、「サブターナが自分の意思で『城に留まる事』を選んだなら、仕方ない」と、メルヘスに言われた。

 エムツーは、自分が居なくなってもサブターナは殺されないだろうか、これから何を目的に過ごして行けば良いのかと、口にした。

 メルヘスは「お前が生きていればサブターナも殺されない」と励ましてくれて、「身の振り方を考えるより、少し落ち着け」と言って、ココアを用意してくれた。

 細かいココアの粉末と砂糖を、少量の湯で練ってペーストにした後、たっぷりの湯で引き延ばし、牛乳で割る。

「火傷しないように飲めよ」と言って、メルヘスはカップをエムツーに手渡す。

 お礼を言ってココアを飲んでいるうちに、心の中に何かが蓄積して行くような気がした。そして最終的に、「サブターナと何時でも一緒で居なきゃいけい時期は、過ぎたんだ」と言う結論に落ち着いた。

 食い扶持を稼いで、世界の事を学んで、あの「王の目」から身を守れるようになるには……と考えて、エムツーはメルヘスに相談した。どんな方法で、生活してくための資金を得ることができるだろうと。

「お前、『変形(へんぎょう)』の力が使えるよな?」と、メルヘスは聞いてくる。「それから……サッシェ……俺の妻の事だけど、あいつを治した『回復術』があれば、治療師として生活できるんじゃないか?」

「住む場所は無くて良いかな?」と、エムツーは聞く。「なるべく、一ヶ所に居たくないんだ」

「それなら……。治癒術師のギルドに登録して、色んな所を旅しながら『治療師』として働けば良いんじゃないか? ギルドの保証によっては、仕事と一緒に、寝泊まりする場所も提供してもらえる」

 そんなに便利な社会システムがあったなんてと、エムツーは目を丸くした。

「それって、子供でも登録できるの?」

「出来るさ。能力と、分別があればね」

 メルヘスからそう聞かされ、エムツーは俄然とやる気が出てきた。


 この後、エムツーは十三歳になるまでの五年間を、治癒術師としての仕事をしながら放浪して暮らすことになる。

 緋色の瞳の双子はこの後も、敷かれたレールの上を歩いてくことになるが、それでも彼等は幸福だろう。自分の選んだ世界だと信じる場所で、息をしている限り。

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