表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第五章~緋色の瞳は二人して~
201/433

29.宴の後

 一週間ほど、サブターナは城に入り浸った。いっぱい食べていっぱい飲んで、柔らかいソファで毛布をかけてぐっすり眠った。

 同じくソファで眠ってたサリアには内緒で「添い寝してもらってる気分」を味わってみた事もある。八歳の女の子は、今まで怖くてやったことの無かった「贅沢とワガママ」を堪能した。

 お湯をたっぷり使った湯船で、泡の立つ入浴剤にまみれてみたり、一ヶ月弱の野外生活でカチカチに成った皮膚の垢を落として、保湿クリームを丹念に塗り込んだり、サリアと一緒に作った色んなワンピースに、毎日着替えたり。

 魔神達が飲む「葡萄酒」を、葡萄ジュースで薄めた物を飲ませてもらって、酔っ払うと言うのは中々に気持ちの良い物だと実感した。

 こんな風に有頂天になる事を覚えてしまうから、人間はアルコールと言うものが美味しいと思うのだろう。

 かつては、アルコールの他に、安全に飲めるものが無かった世界が存在したと言うが、みんなアルコールが美味しかったからこそ、他の方法を考えなかったのではないだろうかとも考えた。

 ちょっとだけくらくらしながら、次の日にソファで起きると、ワンピースの袖はまくり上がり、膝丈まである長靴下は足首でぶかぶかしていて、髪の毛は自分で掻き回したらしくぐちゃぐちゃだった。

 紅茶を輸入するようになるまで、水は煮沸すれば安全になるって分からなかった?! そんなのナンセンス! と、酔っ払った勢いで叫んだ記憶がある。

 ああ、私は酔っ払った時に言う台詞もまだまだ子供だわ、とサブターナは思った。教えられた知識以外に、文句を言う相手もいないなんて。

 ソファを降りて、自分の恰好を整えようと、広間の片隅にある大鏡の前に行った。この鏡は、部屋を広く見せ、明かりを分散する他に、ちょっと身だしなみを整えたい時に便利だ。

 あれ? 髪の毛こんなに短かったっけ? と思ってよく見ると、其処に映っているのはサブターナの姿ではない。

「エムツー?」と、サブターナは鏡を覗き込み、語尾を上げた。パーティーの間に一回も姿を見せなかったのに、鏡の中に出て来るなんて。

「しっ」と言って、鏡の中のエムツーは口の前に指を持ってくる。「良い、サブターナ。静かに聞いて」

 なんだか、エムツーが何時もの調子と違う。

 サブターナが、耳を寄せる仕草をすると、エムツーは囁くようなふりをして、鏡の中から手を出してきた。サブターナの肩と腕を掴み、鏡の中に引き込む。

 不意を突かれたのと、昨日飲んだアルコールがまだ頭をフラフラさせていた影響で、サブターナは呆気なく鏡の中に引きずり込まれた。


 鏡のような水面から、サブターナはずぶ濡れの状態で引き上げられた。さっきまで温かい部屋の中に居たので、夏の始めの湖水は大分冷たい。

「何何何? 何なの?」と、サブターナは目を瞬かせ、驚いているのと一緒に、ちょっと怒っている。

「出来た」と言って、エムツーは嬉しそうだ。「サブターナ、逃げよう」と言い出す。

「何から?」と、サブターナは聞き返す。

「今、此処で説明できる状況じゃないんだ。そうだな……まず、服を乾かして、食べるものは数があるから……」

「何言ってんだか分からないんだけど」と、サブターナは怒りのほうが勝ってきたようだ。「聞いてって言ってから、湖に引っ張り込むことに、何の理由があるの?」

「パーティーも、十分楽しんだでしょ? もう、僕のほうも待機し続けるのは疲れちゃったの」と、エムツーは少しだけいつも通りに戻って文句を言う。

「此処何処?」と、サブターナ。

「森の中」と、エムツー。

「見ればわかる。何処の森?」

「城の南の」

「そう」

 それだけやり取りをすると、サブターナはすくっと立ち上がり、昇りかけている太陽の位置を確認して、北の方に歩き出そうとする。

「待って」と言って、エムツーはその肩を掴んだ。「何処に行くの?」

「帰るに決まってるでしょ。私が急に居なくなったら、みんな心配する」

「僕が居なくなっても、みんな心配しなかったよ」

「それは……。そもそも、なんでエムツーはこんな所に居るの?」

 その言葉から、ようやく二人の話は会話モードになった。


 サブターナが出かけてから、エムツーの身の上に起こったことを知らされ、サブターナは考え込んだ。そして、考え考え言う。

「『王の目』って言うのものが、エムツーを『アダム』って呼んで、それが怖くて逃げだして、メルヘスとその奥さんを助けることになって、メルヘスから『封書』の事情を聴いた。其処は合点行った」

「理解してくれた?」と、エムツーは顔を輝かす。

「理解はしてない」と、サブターナは返す。「私達の『家』は存在しなくて、私達は『検査場』で管に繋がれて暮していた。エムツーはその暮らしに拒否反応がある。だから『家』に帰る事に拒絶感がある」

「そこはちょっと……違うとは言わないけど、だって、『異常』だろ? 王の目に従えるようになるまで管だらけで暮すなんて」

「城に行くときや散歩のときは、私達は普通の恰好をしていた。それは、先生達が私達が『恐怖』や『拒絶感』を持たないように、手配してくれてたからよ。私達を大切に思ってくれてるって事でしょ」

「思ってても、やってることが……異常としか言いようがない」

「じゃぁ、貴方の言う『正常』ってどんなものよ? 手のかかる子供を、大人しく成長させるために必要な事が『異常』なんだったら、泣き叫ぶ赤ん坊を、母親が一晩中揺らし続けるのも異常でしょう?」

 育児関係の事で理詰めにされると、エムツーは何も言えなくなってしまう。なんとなく、「子供が母乳を欲しがる以上、子供の面倒は女の人が看るもの」だと思って、勉強をサボっていたからだ。

 メルヘスに聞かされた時は、嘘だと思ったけど、僕は案外「男は外で働いて、女は家で働くもの」だと思ってたんだ、と認識して、気持ちがしょんぼりしてきた。

 そうなってくると、サブターナをいきなり宴の席から、森のど真ん中に引っ張ってきた自分の行動も、非常識なのだろうか、サブターナは夢の中の「家」にいて、管だらけで過ごすことも平気なのかと、どんどん気が滅入ってくる。

「サブターナは……僕の方が間違ってると思うの?」

 おずおずとそう聞くと、「間違ってるかどうかより、『恐いから逃げたい』って言う衝動に私を巻き込まないでほしい」と、サブターナは言い返す。

「『王の目』って言うのが、具体的にどんなのかは知らないけど、私は先生達の読んでる封書に興味は無いし、封書の事を教えてもらえる時期が来たら、その時に『ちゃんとした自由』を手に入れられるほうが良い。

 だから、私は帰る。今後も『家』に居る事になるか、それとも『城』で暮らすことになるかは分からないけど」

 サブターナはそう言うと、エムツーがしがみついてくる前に風の龍を召喚し、ふわりと空中に舞い上がった。

 サブターナの肩を掴み損ね、エムツーは勢い余って地面に突っ伏す。

「エムツーが何処にいるとかは、言わないから安心して」と、サブターナは空から言う。「それと、もう、無理矢理私を呼びつけないで。臆病風に吹かれてないで、しばらく頭を冷やしなさい」

 このように、エムツーが強引に連れてきたお姫様は、自分の意思で魔王城に帰ってしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ