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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第五章~緋色の瞳は二人して~
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28.ある狂気の人

 頭の中が一気にごちゃごちゃして、それがすっかりなくなったような気配を覚えた。猫にしては関節の多いエルマは、サブターナのペットである。知力は人間の子供ほどあり、記憶力も良い。

 そのエルマは、主人達が家に帰って来ない間は、居ても仕方ない「検査場」を離れ、城の中に、そこそこ気分の好いチェアを見つけて、そのクッションに体重を預ける生活をしていた。

 いつも通りに朝の遅い暮らしをしていたエルマは、「なんだか耳がぺとっと濡れたような感じがする」と思った。耳の毛をふさふさ言わせても、そのぺとっと言う感じは治らない。

 顔を上げてみても何も無いし、手首を舐めて耳を拭いてみても、特に何もくっつく様子はない。

 気のせいかもしれない。

 そう思って、エルマは再び頭をクッションに預けると、心地好い惰眠に沈んで行った。その眠りの中で、何かを急速に思い出して忘れたような感覚を覚えたのだ。


 エルマの頭の中を、壊さない程度にいじくり回したバニアリーモは、大変な事に気づいた。

「王の目」が、エムツーに対して食欲を抱いている。自らの内に取り込み、やがて神気として使えるようになるであろう厖大(ぼうだい)な「向こう側のエネルギー」を手に入れることを望んでいらっしゃる。

「王の目」は、常にバニアリーモ達に対しても淡泊だ。星の環境を覆そうとしている事に関しても、その遊戯を進行した後に、世界がどんな様相を見せるかにも、あまり興味は無いようだ。

 その「王の目」が、エムツーを既にアダムと見なし、食欲の対象に含んでいる。これは遅らせなければならない事象だ。アダムが三人の子供を残す前に死んでしまっては、この群像劇は始まる事が出来ない。

 エムツーが家出をして、城を警戒し近づかない今の状態はむしろ好ましい事だろう。城に居れば、何処かの封書を通じて「王の目」がアダムを捕食しようとする可能性がある。

 バニアリーモは、エムツーに与えた力を幾つか参照してみた。彼がしばしば使っていた力と言えば、「変形(へんぎょう)」がある。何かの生物としての形やエネルギー組成を変えてしまう能力だ。

 エムツーは勉学に対して不真面目と言うわけではないが、好んで使う術しか反復練習をしない。その代わり、「変形」の能力はとびぬけて上手かった。

 エムツーの能力内に、「王の目」が望む何かが存在するのか?

 バニアリーモの分裂体はその仮説を……何処にあるかも分からない頭に叩き込んで、熟睡しているエルマの耳から外に出た。


 バニアリーモの本体は、分裂体が戻ってくるのを待っている。その体に無数にある目を使い、表皮全体で音の波長を聞き、常に世界を監視している。

 監視しているからと言って、バニアリーモが世界に対して何かをするわけではない。世界は勝手に喜怒哀楽と四苦八苦を重ね、人の生き方と言うのは面白いように転がって行く。

 足元を見ていなかったために石に躓いた子供が、「こんな所に石があるのが悪い!」と叫ぶ大人になって行くのを何度も見ているうちに、パターンが欲しくなった。

 もっと面白い寸劇(コント)が見たくなったのだ。

 その間に、ユニソームとカウサールと言う二人の同胞に出会った。彼等は夫々、別の理由でこの星に来たのだ。その理由は、特に人類をどうこうする話ではない。

 しかし、この星に無数に居て、似たような行動様式と、異なる行動様式を幾つも組み合わせて「パターン」を作って行く、人類と言う生物は無視できなかった。見ていて面白いからだ。

 バニアリーモの感覚で言えば、ユニソームは戦闘狂だ。星一つを食べつくそうと目論む赤子を、人類の手を使ってどの様に「叩きのめさせるか」に興味を抱いている。

 カウサールは学者肌だ。どのような要素を与えると、生物と言うのはどのような反応を見せるのかの実験を繰り返し、データを集める事に興味を見出している。

 バニアリーモは観察者だ。ユニソームやカウサールが変化を求めた世界で、どのような事象が起こるかを観察し、危険なパターンは回避し、面白いパターンは促進させている。


 ある時代に、「預言者」と呼ばれる者達が氾濫した。

 その内の一人が、「全知全能の父なる造物主がこの世界を七日で作った」と言う話を皆に聞かせていた。そして、自分はその父なる神の子供であると述べたのだ。

 これは面白いパターンだ、と、地上を観察していたバニアリーモは思った。

 人間の中には、「自分はとても素晴らしい個体なのだ」と、周りを説き伏せようとする個体が居る。

 自分の価値を周りに認めさせることで、身の安全を守る行動だと仮説を立てたが、自分を「世界を作った者の息子である」と説くのは、身を護るだけにしては行き過ぎている。

 一体、この預言者は何をしていて、何を求めているのだろう?

 そう考えて、その行動を追って行くうちに、バニアリーモは、その預言者の周りに「姿の見えない(しるべ)」が居る事に気づいた。

 その預言者の言動を狂わせ、何かの意図に沿って行動させている。その様子を観察していると、どうやら「親に愛されなかった子供が、親に愛されている子供に対する復讐劇」を行なおうとしているのだと察せた。

 ありがちだな、と思ったが、その寸劇の味付けとしては、「愛されなかった子供は、人間には知覚できない何等かのエネルギーの塊であり、存在するのに誰にも相手にされない身の上である」と言う所だ。

 バニアリーモは、この「愛されなかった子供」は、どんな行動をするだろうと思い、世界を眺める片手間に観察を続けた。

 結果、スーパースターを夢見た「愛された子供」は年若くして磔にされ、「愛されなかった子供」は、その肉体が完全に死んだ後に、亡骸を乗っ取った。

 しかし、蘇った亡骸を見ても、誰もその変貌した者が「愛された子供」であることに気付かなかった。

 そして、「愛されなかった子供」は、荒野に行き、絶望に憑りつかれた。それまで感じたことの無い飢えと渇きを覚え、あらゆるものを食べた。草や木の実を求め、あちこちを歩き回った。

 やがて、硫黄のにおいを嗅いだ。普通、人間は硫黄のにおいを嫌う。しかし、「愛されなかった子供」は、そのにおいに引き寄せられて行った。もうこの頃には、彼の感覚は狂っていたのだろう。

 柔らかいマグマの流出している火孔(かこう)を見つけ、それに見とれて涎をたらした。岩が溶けるほどの高温にも構わず、彼はマグマの中に手を突っ込み、手指の形を失いがなら、固まりかけている溶岩を口に持って行った。

 彼の身体はどんどん焼け崩れ、口の周りはあっと言う間に炭になり、目だけが狂気の笑みを浮かべていた。

 火孔からは、どんどんマグマが溢れてくる。彼はにたりと笑った。そして、ゆっくりとマグマを流す火孔に向けて、その身の魔力を使い、飛翔した。

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