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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第一章~死霊の町の一週間~
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2.おどおどした新人と体の無い先輩

 月曜日十七時

 片手に箒、片手に古風なランタンを持って、足元を確かめながら、アンは崖に沿って作られた階段を一段一段踏みしめていた。

 岩を削って作られた階段は細く、人がすれ違うのも危険そうだ。その上、劣化しているらしく、所々罅割れている。

 実際に、足を下ろした段の一部が抉れた。ぐらりと体が傾ぐ。体重を支えようとさらにその下にあった段に片脚を伸ばすが、それも罅割れ、息を止めながら、片足歩きで三段目に全体重を乗せた。

 どうにか、三歩目の段は壊れずに居てくれた。

 

 アーヴィング夫人が言うには、この町で電力発電を行なう計画が数年前から立てられており、ほんの一ヶ月前に火力発電所の「着火式」が行なわれたのだそうだ。

 その日から、町に配備された電気式の街灯の周りや、電気の照明を取り入れられる、裕福な家や工場や公の施設で、幽霊騒ぎが起こるようになった。

 初めは、片脚の無い人間が直立している影を見た、首を切り落とされている人間が這いずり回っているのを見たと言う、発見談が多かった。

 やがて、幽霊に腕の骨を折られた、嚙みつかれた、幽霊の持っていた凶器で切り付けられたと言う、被害の様子が知られるようになった。

 やがて幽霊は人を殺すようになった。

 呼び名が幽霊から死霊に変わり、町から逃げ出して来た者達から知らせを受けたアーヴィング夫人は、外部の情報屋に死霊騒ぎの情報を流した。

 町の住民達の間では、「電灯があまりに明るいから、今まで見えなかった死霊が見えるようになったのだ」と言われていた。

 しかし、電灯を点けない昼間も、何故か死霊達は姿を現わした。

 燦燦と日の照る町の中で、子供達を相手に遊んでいる何かや、トウモロコシを齧るように人間を齧っている何かを、人々は目撃し、気づいていないように振舞った。

 遊んでいた子供は行方不明になり、齧られた人間は翌日には体中の皮膚がない状態で発見された。

 死霊がらみの死者は増え続けた。

 異変の初期の段階で逃げ出した十名ほどは、今、アンが下って行っている階段を伝って、アーヴィング家に異状を訴え、其処から各地へ逃げ出すことが出来た。

 だが、出遅れた大半の者は、逃げ出す前に死霊に捕まり、死霊の同族になった。

 三週間が経過する頃、町には常に黒い雲が垂れ込めた。その中から、先ほどアンが見た黒煙の獣が湧き立つ現象が起き始めた。

 アーヴィング家は、情報屋を通して、複数の清掃局に町の異常を訴え、仕事を申し込んだ。高額の報酬と引き換えに。

 昨日から、数十名の清掃局員が、崖下の町に潜入し、仕事を担って居る。一日遅れで来る事になったアンは、まず先に町にいるはずの清掃局員を探し出さなければならない。

 屋敷から町に出向く時、アーヴィング夫人は重要な事を言っていた。

「不純物を含まない明かりを、持って行きなさい」

 そう言って、アンにこのランタンを支給してくれたのだ。

 不純物を含まない明かり……それを裏返せば、不純物を含んだ明かりもあると言う事だ。

 恐らく、アーヴィング夫人も、死霊達の性質を見抜いている。抵抗力も持たないのに、「彼等」が見えている事、その存在に気づいている事を、「彼等」に知られるわけには行かない。

 私のお仕事は……と、アンは三分の二まで降りて来た階段から足を踏み外さない事だけ注意しながら、頭の中で考えた。

 この町のお掃除。

 そう念じて、やけに暗闇の深い町の中へと進んで行った。


 一階のショーウィンドウの硝子が粉々に割れたビルの中で、彼は霊符に刻んだ術を操っている。

 仕事場に選んだオフィスの中には、無数の黒い札が貼られていた。

 術師が各所の札に手をかざすと、術が起動して遠隔地の様子が浮かび上がる。

 彼は映像として浮かび上がった箇所に居る人員に通信を送り、会話をしていた。

「ファルコンからの人員が少なすぎる件に対しては、局に注文を付けておいた。補助役が足りないのは暫く我慢してくれ。問題は、ティアナ・アーヴィング夫人が何時どんな風に動くかだ」

 通信の向こうで、男性の声がその通信に応じる。

「了解した。何にしろ、駐屯地を作るなら、ファルコン清掃局に任せたほうが良いからね。君達の手際の良さには非常に助かってるよ」

「それはどうも。いたみいります」と、霊符に手をかざす術師は抑揚もなく言う。

 別の場所に在った霊符が白く光っている。それに手をかざすと、アーヴィング家の執事からの通信だった。

 最初に呼ばれたうちの、最終メンバーになるはずの新入りが来たらしい。

 褐色の肌と黒髪の術師は、新入りを「迎えに行く」ことを告げてから、両方の通信を切った。

 町中に貼ってある霊符の術を辿ってその人物の位置を特定する。

 丁度、崖の長い階段を、この町で地面にあたる地層まで降りてきた所のようだ。

 彼は仮宿に宿ったまま壁に背を預けた。霊体を切り離すと同時に、術を保っている針を、ザクッと胸に刺す。仮宿は元の紙で出来た人形(ひとがた)に戻り、針で壁に貼りつけられた。

 青年の霊体は崖の階段に貼ってある符に急ぐ。

 今回の新人にも、この町の中で、どのように「疲れ切らずに戦えるか」を伝えなければならない。

 遠目から見てても、新人は一人で周りにある邪気を掃除しようとし始めている。

 町を覆う黒い煙――邪気――を掻い潜って、彼は新人清掃員の所まで飛翔した。


 アンは、ランタン明かりの中で、得物である箒を逆さに持ってばさりと振った。

 黒いもやのような物が、箒に纏いついて、蜘蛛の巣を払うように千切れた。だいぶ濃度の濃い邪気が充満している。一振りしただけで箒がべとべとになるくらいの。

 箒を逆さに持ったまま、柄に力を送る。真っ黒な蜘蛛の巣のような物は、青白く分解されて消え去った。

 手始めに、見える所から掃除を始めようか……と思ったが、邪気とは違う気配がした。何なのか分からないが、猛スピードでアンの居る場所に近づいてくる。

 迫ってきた霊体を、体をかがめて避けると、その霊体は背中の方にある崖の中に吸い込まれた。よく見てみれば、其処には白い文字のような物を書いた黒い札が貼られている。

「こちら、ラム・ランスロット。初めまして、新人」と、札から声がする。

 喋る紙切れに触れてみようとすると、札の周りに結界が発生した。感電したように指が弾かれる。

「おいおい。他人の術に勝手に触るな」と、先輩らしき誰かは言う。「この辺りの邪気の存在は分かったと思うが、お前、一人で片づけようとしてただろ?」

「あ。その……見える範囲だけでも、どうにかしようとはしてました」と、アンが言うと、ランスロットは「話にならない」と断言した。

 アーヴィング夫人から、同業者が先に来ているのは聞いているだろう、何故、その同業者を先に探さないんだ、と新人を叱る。

「すいません。だけど、目についてるのに掃除をしないというのは、どうにも気質的に……」と、アンが言い訳をしようとすると、「やたらと真面目であることは分かった」と、札の中からランスロットは言う。

「この距離から一番近くにいる同業者は、フィン・マーヴェルって言う金髪の女。右回りに崖の縁を歩いて、突き当たった建物沿いを左に曲がると、大きな商業施設が見える。フィンは其処の三階で『補給所』を作ってる。まずはそこに行ってみてくれ」

「途中で死霊を見つけたら、掃除をして良い?」と、アンは聞く。

 溜息でもつくような間を置いてから、「気づかれないように、静かにな」とラム・ランスロットは答えた。

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