27.創造者達の情熱と
カウサールとユニソームは、夫々のゲル状の体を震わせて、人間であれば非常に感慨深い気持ちを味わっていた。
「同胞よ。こうして、人間と言うのは成長するのだね」と、カウサールは隣でぶよぶよしているユニソームに声をかける。
「そうだな。知恵を使うと言う事を覚えて、人類は初めて人間に成れるのだよ」と、ユニソームも、隣でぶよぶよしているカウサールに言う。
二名の見ている透明で巨大な箱状の空間には、三つの洋灯を抱えて最寄りの村へ行こうとしているエムツーの様子が見えている。それは細かい光の粒子で描かれる、立体映像のようだった。
姿を捉えるまではマァリに協力してもらったが、エムツーが城の近くの森の中に潜伏するようになってからは、彼等はこの粒子映像を使って、エムツーの姿を観察していた。
永劫の者達に性別はない。だが、人間と言う生き物を知り、雌雄で思考力や感情や情緒の成長速度や深度が違う生物であると言う理解をし、それを育てると言う事に関しては多大な興味を持っていた。
「今までの『アダムとイブ』にも、必要だったのは、少年期と言う過程だったのだ」
ユニソームは、声を震わせる。
「少年期の間に、学び、挑み、望み、叶い、失い、思考し、失敗し、成功し……一つ一つを経ることで、人類と言う動物は、人間と言う種族になるのだ。見たまえ、同胞よ。少年のあの凛々しい瞳を」
その言葉を受けて、カウサールも声を震わせる。
「あれが、ついこの間まで、涙で潤む事ばかりだったとは思えないね。彼は、実に有望な『アダム』となるだろう」
「然るに」と、ブルブルしている二つのゲル状の生物の後ろから、別のゲル状の生物が現れた。「エムツーに目覚めるきっかけを与えた者は、『王の目』だと聞くが」
「バニアリーモ」と、ユニソームとカウサールは声を揃えた。「地上を見て居なくて大丈夫か?」と、冗談半分の余計なお世話も揃える。
「分裂体を作るには十分な養分がある」と、バニアリーモの分身は、やはり体をぶるぶる言わせながら言う。「話を戻すが、『王の目』は、エムツーにどのようなショックを与えたのだ?」
「『アダム』と呼んだらしい。そして、空間を越えて『こちら側』に来ようとしたようだ」と、カウサールは説明する。
「気になるな」と、バニアリーモは前置きを述べた。「どのように呼んで、どのように『こちら側』に来ようとしたのかが知りたい」
「当時の様子を知るのは、エムツーの他に蜥蜴と猫だけだが、彼等の知能も相当高い」と、ユニソームは含みを持たせる。
「蜥蜴は……エムツーの所か。では、猫だな」と言って、バニアリーモは分裂体を半分にして更に分身を作った。「サブターナは何処にいる?」
「今は、『祝杯の間』で、パーティーの主役だ。サリアと共に七日分の栄養を補っている」
カウサールからそう聞いて、二匹になったバニアリーモは、粘つきながら部屋を後にしようとした。
「行先は?」と、ユニソーム。
「猫の所だ」と、バニアリーモ。
監視役兼諜報員として優れている同胞が去って行くのを、ユニソームとカウサールは楽し気に見送った。
彼等の行動的感情表現としては、体をぶるぶるさせる他、目玉のようなものを体から突き出してふわふわさせると言う行動が見られた。その様子は、少しだけナメクジに似ている。
どうやら、このゲル状の生き物達も、今回のエデン計画の着実な進行に期待しているらしい。
彼等が、何故、かつての人間が語った創世神話と言うものに執着し、失敗を繰り返しながらその物語を作り上げる事に熱を燃やすのかを説明するには、創造者と言う者達の情熱を知らなければならないだろう。
条件さえ揃えば、創造神と言うものを発端にする、ある種の群像劇は実演する事が出来るのか。三名のゲル状の生き物の「創造的な心」は、その一点で合致していた。
その中でも、ユニソームは「既存の星の環境を劇的に変える事」と、「大地の中の赤子と化した、かつての神と戦う事」に興味を見出している。
カウサールは、主に「神の作ったアダムとイブと言う祖」に興味があった。かつての神と同じ「古い人類」から発生したものでも、手を尽くす事で「新しい種族」に生まれ変われるのだろうかと。
バニアリーモは、この星全体に興味がある。古い人類だろうが、新しい人間だろうが、どっちも同じ程度のヒト族であると思っている。唯、そのヒト族が起こす、時に珍妙な人生劇は面白い。
三名は各々、創造心を持っている。この星の古い人類は、大地の中に埋もれたかつての神を見つけ出せないまま滅亡しようとしている。魔神達が活動して居なければ、今頃大地の赤子は地殻を完全に破っているはずだ。
数度目の「エデン計画」が崩壊して間もなく、『向こう側のエネルギー』を充足させた赤子に対して、魔神達は赤子の手足を覗かせる程度の地殻の歪みを許した。
そうする事で、地殻に閉じ込められた『向こう側のエネルギー』を放出させ、赤子を消耗させる事が期待できたからだ。そしてそれは確実な成果を挙げた。
創り出そうとする劇を邪魔する、泣き声のうるさい赤子は、場外へ退却させなければならない。それには「古い人類」達に、少々協力してもらわなければならない。そのために手荒い方法を取る必要もある。
大地の赤子にとっては無言の母である、このテラと言う星は、厖大な力だけを提供し、異端分子である赤子に対し無関心であり無抵抗なのだから、その上で舞台を繰り広げようとしている創造者達にとっては頭の痛い存在だ。
「同胞よ。もし、この星より遊戯に適した場所があったら、移住するか?」と、ユニソームは戯言を言ってみた。
「同胞よ。私は、随分此処に長居しすぎたが」と、カウサールは返す。「今度こそ、『エデン』を創り出せる希望が見えていると言うのに、今更諦めるのか?」
「言ってくれるな、同胞よ」と、ユニソームも自嘲する。「私も、此処に長居しすぎた。どうにも、失望を繰り返した後で希望が見えると、見ないようにしてしまいたくなるものらしい」
「それだけ、今回は期待が大きく持てると言う事だ」
そうカウサールは返事をし、エムツーがまだ店の明かりが見える村に辿り着いたのを確認した。カウサールは、方向転換するように、目玉を突き出している位置を真後ろにする。
「さぁ、我々も『イブ』の成長を祝いに行こう。迎えの顔も出さないんじゃ、嫌われてしまう」
「ああ。本当に……」と、ユニソームは気の無い返事をしてから、笑ったような声を出した。「本当に、お前は此処に長居をし過ぎだ、同胞よ」と。




