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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第五章~緋色の瞳は二人して~
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26.有益な選択

 小枝が風にざわめき、晴れを喜んでなく小鳥の声は涼やかだ。

 春の陽は温かかった。汽笛雲雀(キテキヒバリ)の信号で、サブターナが戻って来る事を知った魔神達が、「城」の住民達に知らせを持って行った。フォーフォーと言う笑い声が何処でも彼処でも聞こえる。

 教師のアナンは、サブターナにエムツーの事をどう説明しようと考えこんでいた。エムツーが家出をしたのは、サブターナが外出をしてから一日違い。

 マァリの「千里眼」では、エムツーはペットのリーガ連れて、山に守られていない南の方から、城へ近づいて来ていると言う。

 家出をした直後とは服装が少し違うので、恐らく「メルヘス」と接触できたはずだと察された。

 さぁ、パートナーと仲違いしそうなこの少年を、どう丸め込むか。

 アナンはそんな事を考えていたが、少年は城の中には戻ってこなかった。


 エムツーは、小高い木に登り、目の力を使っていた。それでも、見通せない場所がある。「家」があるはずの場所と、「城」の中の一部だ。

「家」の内部が見通せない理由は分かっている。其処には、「検査場」しかないからだ。今まで、家があるはずだと思っていた、検査場の先の廊下の向こうのは、眠りに就かせられてから観ていた、ある種の明晰夢なのだ。

 リーガの他に、サブターナとエルマとも情報を共有していたらしいが、あの煉瓦の壁と琥珀の柱と柔らかな布で出来た、住みよい家が「夢」だと聞かされて、正直物凄く落ち込んだ。

 確かに、自分の目で家を探そうとしても、検査場の場所には検査場しかない。

「儚い夢だったな……」と、エムツーは、恰好良いと思う台詞を言ってみて、心を落ち着けた。心を落ち着けてみた後で、城のほうをよく見ていると、遠くから自分と同じ目を持った者が歩いてくる。

 サブターナだ、と気づいた。

 どうする? 城の反対方向から来るけど、何とか連絡を……と思ってじっくり見てみたら、サブターナがげっそり痩せているのが、遠目からでも分かった。

 腕や脚は防具に包まれているのでよく分からないが、肩に届く黒い髪を一束に結っているので、頬の輪郭がすっかり見て取れたのだ。まるで、七日間くらいほとんど食べてなかったみたいに痩せている。

 お姫様をさらうつもりで此処まで来たが、エムツーはちょっと考えてみた。

 一、城に帰って休むことを許可する。二、家に帰って休ませて、城に出かけるチャンスでさらう事にする。三、家にも城にも入らせないで、すぐさまさらって……どうしよう?

 謎の三択を考えてみたが、一番「今まで通りにゆっくり休ませてあげる」事が出来るのは、家に帰らせる事だろうと判断できた。

 その「家」は夢の中の産物……と言う事は、サブターナはまだ知らなくて良いのだ。とにかく、あのげっそりガリガリに成っている頬っぺたが、また自分と同じ卵型の輪郭を取り戻すまで、そっとしておこう。

「リーガ。一時撤退するよ」と、頭の良いペットに声をかけて、エムツーは木の枝から降りた。


 サブターナを休ませてあげるのは良いのだが、問題はエムツーのほうの食事と水分である。一番近い村は、地図の上でチェックを付けてある。メルヘス達の逃げ出した町や辿り着いた森より、ずっと近い場所。

 それでも、歩いて半日はかかる。

 その町で、洋灯をお金に換えて買ったパンと紅茶も、そろそろ量が無い。

「必要なのは、元手だよね」と、少年は呟く。今まで作りだめた洋灯が、後、二つ三つあったら……と考えて、傍らのリーガを横目で見た。

 リーガは、飼い主の視線で察した。何かを城から盗って来れば良いらしい。

 何を? と、リーガが視線で訴えてくる。

「リーガ。僕が手に持てる大きさの洋灯を、三つほど」と言って、城のほうを指差した。

 リーガは、親指が立てられるんだったら、そうしてると言わんばかりに、頷くような動作をすると、日の落ちた薄暗がりの中を、城のほうに這って行った。


 結果として、リーガは上手い事やってのけた。無くなってもそんなに目立たなくて、ちゃんとエムツーの手にも収まって、おまけに商品として価値のありそうな出来の良い洋灯を、計三つ持ってきた。

 三回に渡る大蜥蜴の侵入と窃盗は、気づかれて居ないのか、それとも誰も「盗んでる」と思わなかったのか、騒がれている様子もない。

 暫くの間は、サブターナの武勇伝を、みんなで聞く会が設けられるだろうから、誰もが浮足立ってるのだろう。

 欲は出さない事にして、エムツーは荷物を肩に担いで洋灯を持ち、一番近くの村に足を運んだ。どんどん濃くなる宵闇を感知して、魔戯力を込めた洋灯が自動点灯する。

 三つの洋灯は、足元や周囲を照らし出す。結界を張りながら移動しないと、でっかい蛾が、光に誘われてふわりふわりと寄ってくるくらいに明るい。

 時間を測るために、何度も空を見上げた。満月が天頂近くに昇っている。真夜中が近いと計算してみたが、星の軸は今の所、どの程度ずれて来ているんだろう。

 もっと真面目に「通信」の術とかを勉強しておいたら、こういう時に応用が利いたんだろうなと思い、かつての不勉強を呪った。

 エムツーが使える「通信」の術は、自分の魔力を込めた「触媒」を置いた場所に自分の声を飛ばしたり、その触媒が置いてある場所の音を聞いたり映像を見たりできる術だ。

 どちらかと言うと、「盗聴」と呼んだほうが良い術である。

 そんなわけで、エムツーは、城の中にある自分の作った洋灯を通して、城の中の様子を探れるのだ。

 実際にサブターナをさらうチャンスが巡って来るまで、城の周りにべったりになって居なければならないわけではない。

 それを考えると、今回持ってくる洋灯を三つに抑えたのは良い事だったかも知れない。この三つは出来るだけ良い値段で売って、城の周りに潜んでいる間の食料に変えなければならない。

 後の洋灯は、「盗聴器」として、城に残すことにした。

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