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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第五章~緋色の瞳は二人して~
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24.吹き抜ける一陣

 探し回る事になった山の雪原であるが、春なのにとても寒い。鼻水が出てくるたびに、サブターナは行儀が悪いと思いながらグローブの手首で拭った。なめし革も冷風にあてられてゴワゴワしている。

 その様子を見ていたサリアが、懐で温めていたハンカチを渡してくれた。

 なるほど、柔らかい状態にあってほしいものは、皮膚に密着させておけば良いのか。

 そう学んで、柔らかいハンカチで鼻を拭いてから、その日のお昼ご飯にするために取っておいたビスケットの包みを鞄から取り出し、畳んだハンカチと一緒に服の襟首から腹のほうに閉まった。

「目の力」を使って、何度も辺りを見回し、期待とがっかりを重ねて、昼食の時間に成った。

 腹の辺りまで滑り込んだビスケットの包みは、自分では取り出せなかったので、指で示し、サリアに取り出してもらった。

 風の避けられる岩陰に陣取り、サブターナが周りを結界で覆う。ビスケットを食べ終わってから、サリアは雪の上に平石と小さな五徳で竈を組む。

 ビスケットを包んでいた油紙にマッチで火を熾し、炭を焼く。低温であるが消えにくい火の上にポットと水を用意し、ぬるま湯程度の湯を沸かす。

 五徳の周りで金属のカップを温めておいて、冷めないようにココアを淹れる。舌を火傷させる事も無いぬるさであるが、栄養のある湯を飲めたことで、体温が戻ってきた。

 サブターナは、食後の片づけをサリアに任せておいて、また「目の力」を使ってみた。しかし、雪と言う白い悪魔の力は強固である。

 風の力、水の力、土の力……と思い浮かべ、今回の挑戦にも何かの力が必要なのかと考えた。

 今まで手に入れたのは、送り、流れ、増幅する力。それらを操る事で、「キー」を見つけられるのだろうか? さっき龍に乗ったみたいに飛べたら良かったんだけどなと思って、サブターナは気づいた。

 今、私は、飛べるんじゃないか? と。


 風と水と土の力を同時に召喚してみると、小型の透明な存在が姿を現した。風が弾むような感触と、光の屈折で、「龍」の形をしているのが分かる。

 単に「気流の力が増幅された物」が出来上がると予想していたサブターナは意外に思ったが、生物の姿をしていると言う事は、少しは知性があるのかも知れない。

 集中を解いた途端に分解するような姿もしていない。サブターナは龍の背を叩いてみてから、心配そうなサリアの手を借りて、龍にまたがった。

「危険を感じたら降りて来なさい」と、サリアは言い聞かせる。

 言葉を発せないサブターナは笑顔を向けて頷き、片手を振った。

 透明な龍の角につかまったまま、サブターナは自分の周りに結界を備えた。それから、「目の力」を使って、雪に閉ざされた辺りを見回した。

 水龍は、永久の火の神殿から失われた物を「キー」と呼んで居た。鍵になるもの……と考えて、サブターナは神殿にあった女神像を思い出した。

 両の手を天にかざした女神……その右腕は、折られたように失われていた。

 あれだ。

 サブターナは、自分が探せば良いのは、「折られた女神の右腕」であると察した。その直感を受け取ったように、透明な龍は一方に真っ直ぐ飛翔し始めた。


 遠目から見て、それは人食い鬼と言うものを連想させた。肌は緑で、鼻は潰れ、牙の飛び出た口元はいかめしく、目を細く縮め、髪の毛は床に付くほどぼさぼさに長い。

 雪の洞窟の中に居た者達は、腰巻ばかりでまともな衣服をも着ていないのに、「平気そう」に行動している。外を吹き付ける冷風の中にも、洞窟から溢れて来る肉を焼く匂いがむせ返っていた。

 何処かで火を焚いているのだろうか? でも、洞窟の中で?

 疑問を持ったまま、洞窟の周りを観察した。この洞窟は、正確には洞窟ではない。幾つも出入り口のある、やはり坑道のような場所だ。

 サブターナが、その内部を「目の力」で透視すると同時に、風の龍は動き出した。主人の思考を読み取ったように、細かく入り組んだ、人食い鬼達の洞窟に滑り込む。

 最初、人食い鬼達は目を見張って龍を眺め、次いで侵入者が来た事を察した。出入り口近くに居た者が、指笛で奥の仲間に知らせる。武器を持って、人食い鬼達は龍を迎え撃とう、追い立てようと奮闘する。

 龍は地面を無視して奥へと進む。丁度、どの方向から入って来ても最深部にあたる場所に、それは安置されていた。なめし革でぐるぐる巻きにされた女神の右腕が。

 龍が祭壇の間近を滑る時に、サブターナは片手を差し出して、物をかっさらった。胸に掴んだ女神の腕は、呪文を刻んだ革で何重にも包まれ、本来の力を封じられている。

 入ってきた口に向かうことは無く、龍は洞窟の奥へ奥へと飛翔する。サブターナは短剣を抜き放ち、呪文の刻まれているなめし革を切り裂く。鋭い閃光が女神の腕から放たれた。

 一瞬目を焼かれたが、視力はすぐに戻って来た。手の中で、石像の腕が風化し始める。砂と化して崩れて行くその粒子は、帰る場所を知っているように何処かに流れて行った。

「火」を失った洞窟の中に、外の冷気が吹き付ける。人食い鬼達の間で混乱が起き始めた。

 サブターナは、龍を「裏口」に滑り込ませ、そのまま空高く舞い上がった。魔力を細かく維持し続けた疲れで、細く深い息を吐いた。砕け切った女神の腕を見送り、サリアの待つ地点まで龍と共に飛んだ。


 サブターナを守るようにその傍らに身を寄せたサリアも、風の龍の角につかまった。二人は雪山を離れ、土龍を呼び出した山麓に戻った。水龍は別れ際に、「手帳にサインを忘れないでね!」と言って居た。

 色んな事が一気に起きて、サブターナは頭の整頓がまだ追いつかない。だけど、目の前の事だけに集中すると、すべきことは残り少ないのが分かった。

 斜め掛け鞄の隅を占領していた、役に立つのかよく分からない手帳を、遂に使う時が来るのだ。


 術で龍を扱うのも大変なので、帰り道は徒歩にした。山麓から、緩やかな道を探しつつ、「永久の火」の神殿がある山頂を目指す。

 しばらくの間は不案内だったが、途中から、ほんの数日前に歩いた事のある道に合流できた。

 あの時は、アミナの様子をうかがう余裕すらあったなぁと思い出し、体力を示す信号があったら黄色を燈して居るであろうサブターナは、これ以上息を切らさないように、慎重に歩みを進めた。

 数日間で、色んな者を滅ぼした気がする。火炎龍が水晶の窟に吸いこまれたのは、エネルギー変換だとしても、ドゥーマーの魂は蝋燭半分だけの欠片にして、人食い鬼達は凍死させたかもしれない。

 しかし、それ等も、「まぁいいか」で済ませられる気がした。残りの体力が少ないと言うのは、何も悪い事だけでは無いようだ。

 感傷やら感情やら、余計な何かに振り回されている余裕がない。今だったら、縋りつくようにアミナの幸福を願っていた数日前の自分に、笑顔で「バイバイ」と言える気がした。

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