22.忘れ去られた種族
サブターナとサリアは水龍に連れられ、水晶の窟から、城のある大森林を渡り、方向としては真正面にあった山の頂に降ろされた。
水龍は小人の姿に戻り、サブターナ達を導くように先を歩く。下りの道が多かったが、降りるなら降りるで爪先が痛い。
半日ほどかけて山を下ると、入り口を板のバリケードで覆っている古びた鉱山が見えた。
「私からの『出題』は単純よ」と、水の髪を持つ小人の少女は言う。「此処はドゥーマーの鉱山。此処に住む魔物を退治してちょうだい。もちろん、一切声は出さずにね」
サブターナはこくりと頷き、短剣を抜き放つと、バリケードの隙間から鉱山跡地に入った。そしてサリアは、自分の持っていた長剣でバリケードの一部を破り、木の板の間から身を潜らせた。
灯蛍の明かりをかざしながら坑道を歩いて行く。すると燭台の並んでいる広間があった。六つある台の上の、右側の三つだけ燭台に火が燈っている。その先に光を放っている水晶の祭壇がある。
サブターナは、祭壇のほうに引き寄せられ、明かりをサリアに渡して歩を進めた。
その後を付いて行こうとしたサリアは、「何?」と言って、脚を止めた。
サブターナが声を出さないように後ろを振り返ると、サリアは足元から湧き上がって来た黒い影に呑まれ、ずぶずぶと地面の中に吸い込まれて行った。
サブターナは、短く息をしながら、真っ平らな石床を撫で、サリアは何処に行ってしまったんだろうと様子を伺った。
「六つの明かりが必要だ」と、誰かの歌声がする。「六つの明かりをつけなくちゃ」と、また別の歌声。「話は全部それからだ」と、別の声。
サブターナに、反論や疑問を挟むことは出来ない。何者かの声に従うままに、明かりの点いていない燭台に火を燈す方法を考えた。
一つの燭台の明かりを、手に持てるか試してみた。ずっしりとした燭台は動かない。その代わり、明かりの点いている蝋燭を一つ取り外せた。その蝋燭に火を移し、燭台の間を火をつけて歩いた。
「あはははははは!」と、さっきの歌声が笑った。「おバカさんだね」と、別の声も笑った。「知らない奴の言う事」と、また別の声も笑った。「信じちゃって良いの~?」と。
薄暗かったその空間は、燭台の明かりと台座の影で満たされたが、サリアの姿はない。
その代わり、場の中央に、白い髪をして黒い肌を持った朱緋色の瞳の少女が現れた。丁度、サブターナの容姿を、瞳の色以外反転させたような。着ている物も、短剣を差している鞘も、鏡写しに対称だ。
「おバカさんは自分とケンカしな!」と言う罵り言葉を残して、笑い声達は消えて行った。
その途端、白い髪のサブターナは、自分の持っていた短剣を抜き放ち、本物に向かって襲い掛かってきた。
影の剣捌きは素早く、サブターナは防戦一方になった。勉強の時間の間に、剣の扱い方を教わってはいたが、何せ実戦は初めてだ。
「よく、相手を見て」と、教師が言っていた言葉が思い出される。「足元だけでも、顔の向きだけでも、手元だけでも駄目。それを全部見るの。多くの人間型の生物は、切る前に一歩踏み込む性質がある」
それを思い出して、相手の繰り出してくる剣を打ち返していたサブターナは、ようやく「相手の全身を見れる距離」を取れるようになった。
攻撃を続けて来ていた影は、サブターナの顔つきが変わったことに気付いて、ようやく動きを止め、一歩引いた。しかし、少女にじっくり作戦を練らせる暇など与えなかった。
サブターナの耳に、シュッと言う空気を切る音が聞こえた。ドラゴンの骨から削り出した刃が、こちらに突き出される。身を翻してそれを避け、自分も、持っている刃で相手に切りつけた。
人間としての「動物的な癖」を封じるように訓練されていたサブターナは、確かに普通の体の操り方からしたら覚束ない身のこなしだろう。
だが彼女には、ブルベとのダンスの特訓で培った、筋肉のしなやかさと、無駄を削ぎ取ったバネがある。攻めの手に回ってから、相手の「動物としての癖」を見抜き、見る間に明かりの縁まで追い込んだ。
この白い髪の女の子が私の影なんだったら……と、サブターナは考える。左脚を踏みこんで、右に回る時……その反対だから、右脚を踏みこんで左に回る時。狙うならその時だ。
予想通り、白い髪のサブターナの剣の起動は、右足を踏みこんで左に回る姿勢の時、バランスが取りずらそうにぶれた。
今だ! 心の中で唱えて、刃で相手の剣をはじき、相手の肩を掴んで首元に短剣を突きつける。
サブターナの朱緋色の目は、今までにないくらい壮絶な朱色で燃え上がっている。二日前から続く長時間の緊張状態と、体を大きく動かす戦闘状態が、彼女の気性を荒げていた。
言葉が喋れない事も、ストレスの一つだ。
――サリアを戻せ。それが叶わぬなら、この場とあの祭壇、粉々に砕きつくしてやろう。
そう念じると、首に刃を突きつけられて硬直していた白い髪のサブターナは、真っ赤な口の中を見せて亀裂のように笑い、唯の影として崩れて消えた。
「こわーい」と、またあのふざけた声がした。「こわいこわーい」と、別の声も。
本当に頭に来たサブターナは、燭台の間で短剣を振り回し、光を燈している蝋燭を切り刻んだ。芯を切られ、バラバラにされた蝋燭は、火を消してゴロゴロと床に転がる。
「わぁあああああ!」と、残り三つになった明かり燈る燭台から声がした。「ごめん! ごめん! ごめんなさい! もうふざけないから!」と、燭台達は喋る。
それでも、サブターナは怒りを止まず、鬼神のような馬鹿力を出すと、火を切り取った燭台を一つ掴んで、引きずり落すように台座からもぎ取り、床に叩きつけて壊した。
喋る燭台達の話す所によると、彼等はドゥーマーと呼ばれる、古に滅んだ種族の魂なのだと言う。「永久の火」を求める者が来たら、挑戦者として迎え入れ、その実力を測れと命じられたそうだ。
「『永久の火』の神殿から火が消えたから、僕達どうしようか分かんなくて、それで……此処に来る人間だったら、誰とでも遊ぶようになったんだ。それで、今回も遊びのつもりだったんだけど……」
目を座らせているサブターナは、それを聞いて、三つずつ燈っている燭台の明かりの一つに刃を向けた。
「消さないで! さっきの女の人は、元に戻すから!」と、慌てた声でドゥーマーの魂は言う。それでも、サブターナは刃を下ろさない。
「それから、土の力もあげる! 水の力を持って来たんだろ?! 持って来たなら、ちゃんとしたお客……挑戦者だ!」と、別の声も言う。
それを聞いても、サブターナは全く許す気はないようで、実際にこの道化共がサリアを解放するまで、燭台に突きつけた刃を下ろさなかった。




