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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第五章~緋色の瞳は二人して~
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18.おつかいできるかな

 エムツーが検査場を抜け出したことは、魔神達も気付いていた。検査場から出入りする時に、魔力的な空間を抜ける事になる。その時に、移動している物体の存在を察せるのだ。

「ついに自我に目覚めたか」と、ユニソームは画面に映っているエムツーの影を見ながら、満足そうに言う。「少年と言うものは、目的が無いと成長が遅いものなのだね」

「今までの実験の結果は役に立ちませんでしたもの」と、アナンが隣で答える。「体が成長した状態から知恵をつけた人間と言うのは、ひどく愚鈍でしたわ」

「辛辣だな」と、カウサールが、背後から近づいてきて言う。「もし、エムツーが今日のうちに意思を持たなかったら、どうした?」

「もちろん、今まで通りです」と、アナンは答える。「眠って起きたら怖いものは無くなっている世界へ、導いていました」

「同胞。あの蜥蜴を罰したりはしないでおくれ」と、カウサールはユニソームに向かって言う。「あいつは中々使える」

「罰するどころか!」と、ユニソームはゲル状の体をぶよぶよ言わせて愉快そうだ。「栄誉賞を授けたいくらいだ。怯える事しか知らなかった少年の脳に、勇気を与えたとしてね」

「さぁて。後は、バニアリーモに任せよう。我々は、この成果を『城』に知らせなければならない」

 そう言って、カウサールはゲル状の体をずるずると移動させる。

「アナン。少年の勇気と名誉を傷つけない、柔らかい表現を、一緒に考えてくれないか」

 それを聞いて、アナンは人間のように肩をすくめてみせると、「仰せのままに」と答えて、カウサールの後に続いた。


 エムツーが木々の間に空いた穴から外に出ると、城は近くに無かった。家から外に出ると、目的地に一番近い森に連結されるのは、今までの経験上知っている。

 森の中の歩き方も覚えている。木の根が踏みつけられた後のある場所は、人が通ったことのある道。古い人類を避けるならその道を避け、古い人類を含む誰かに――メルヘスに――会いたかったら、その道を歩けば良いのだ。

 メルヘスだって、半年間も誰にも関わらなかったり、何処か眠れる場所を探さなかったわけではないだろう。まずは、人の集まってる場所を探さなくちゃ。

 そう思って、エムツーは人の町を探した。


「メルヘス? 知らないな」と言う言葉を聞くことが多かった。森の中から一番近い町で「メルヘスと言う人を知らないか」と聞く間、ずっとそんな様子だった。

 人を探してるなら、酒場に行ってごらんと言う、八歳児向けでは無いアドバイスもあった。

 エムツーは、酒場って、酔っ払っている人が居る所だよなぁ……と思ったが、傍らに居た、自分と同じ身の丈のあるリーガが頼もしく思えた。

「よし。行ってみよう」と、相棒に声をかけ、エムツーはワイングラスの絵を描いた看板がある店に入って行った。

 小さな子供を見かけた女主人は、「おつかいかい?」と、率先して小さな客に声をかけた。用心棒達に、子供が居る事を知らせるためだ。

「ううん。人を探してるんだ」と、エムツーは言う。「メルヘスって言う人を、知ってる?」

「メルへ……」と呟いて、女将は「そう言う人は知らないねぇ」と答え、辺りを見回す。

 何人かも、女将と目を合わせて首を横に振ったが、ある客が、「もしかしたら、メル公の事じゃねぇか?」と言い出した。

「メルって名乗ってたって言えば、そいつくらいか」と、別の客も言い出す。そして女将の方を見て、複雑そうな表情を浮かべた。

「メル……。その、メルって言う人は、今は何処に?」と、エムツーは聞いた。

 女将は途端に顔つきを険しくし、「ある日、ふらっと来て、ふらっと居なくなった。私の娘と一緒にね」と言って、手にしてた分厚いグラスを、ガチャッと乱暴に棚にしまう。「あいつは人さらいだ」

「サッシェは、自分から付いて行ったんじゃないのかい?」と、赤ら顔の客が言う。

「うちの娘は、そんな尻軽じゃないよ。きっと、上手い事そそのかされて、何処かに売り飛ばされちまったのかも知れない」と視線を下げながら言って、女将はフーッと重たい溜息を吐く。

 エムツーは、此処にメルと名乗る人が居たと言う事が分かっただけで、十分な情報は得たと判断した。

「僕、その、メルって言う人を探してくる」と言うと、酒場を飛び出した。

 何処かに行くときは、誰かに行き先を告げてから出かけるものであると言う、何時もの癖が出たのだ。

 夜中に洋灯を持って走って行く少年を、止められる酔っぱらいは居ない時間帯であった。そして、その少年の後を、素早い足取りで大きな蜥蜴が付いて行った。


 魔力の気配を追う術を使うと、仄かに煙のような「神気」が漂っていた。この神気が放たれてから、まだ数週間も経っていない。流れて来るのは森のほうだ。さっき、僕が来た方向とは……町を挟んだ真逆。

 やっぱり、最短距離に空間は接続されてたんだ。エムツーはそう気づいて、歩調を落とし、迷いなく神気の後を辿って行った。

 メルヘスの放った神気は、森の幾つかの場所で「言霊」として残っていた。

 町の子供を相手に天地創造の話を語る言葉。木々の精霊を呼び寄せて「実れば良い」と呟く言葉。メルヘスと若い女性が、手をつないで走って行く時にかわされた言葉。

 やがて、朝が近くなる頃、エムツーは、腰巻だけの裸身になったメルヘスと、肌着姿の若い娘が、湖で沐浴をして、菩提樹の前で祈りをささげた時の「記憶の影」を見て、祈りの言霊を聞いた。

 酒場の女将の娘は、メルヘスの奥さんになったんだ。

 そう気づいて、エムツーはハッとした。森の奥の方から、誰か歩いてくる。

 ボタ、ボタ、と、粘っこい液体が滴る音がする。前に差し出した両手首から血を滴らせ、顔面を蒼白にして、眼球の無い目から血の涙を流しながら、誰かが歩いてくる。

 瞳が存在しないので、一瞬誰か分からなかったが、その髪質と輪郭と体躯は確かにメルヘスだった。彼は、水のにおいを嗅ぎ分けるように鼻を動かしながら、湖に歩み寄った。

 危ない、と言う前に、メルヘスは両腕と眼窩から流血したまま、湖に落下した。

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