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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第一章~死霊の町の一週間~
19/433

19.泣いてない

 木曜日深夜二時十五分

 火力と言う死霊の群れの中から抜け出したランスロットは、霊体を空中に浮かべて、発電所全体を見渡していた。

 邪気の雲が消えている。どうやら、発電所内での儀式のためのエネルギーとして消費されたようだ。

 発電所内部で、ランスロットの支配を受け付けなかった区画がある。恐らく、其処にエムが居るはずだ。

 ――探す必要はないよ。

 誰かの念話が聞こえた。アンの声ではない。

 ――今、そっちに向かうから。

 ランスロットは、かつてその声が随分幼かった記憶を思い巡らせた。

 エム・カルバンの声を、大人びさせたような声。

 ランスロットは地形の不利を知り、発電所の上空から離れた。

 丁度良く、アンの魔力の気配が近づいてくる。

 消耗してるかと思ったが、何故か彼女の魔力と体力は原形以上に充足している。

 ランスロットは、滑り込むようにアンのポケットに入っているペンダントに憑依した。

 ――エム・カルバンに関する儀式は止められなかった。だが、他の清掃員に情報は漏れてない。

 全くの無表情のまま、アンも念話を返す。

 ――そう。分かった。

 しばらくすると、エムの声は、アンの意識の中にも聞こえてきた。

 ――ああ、貴女は……。やっぱり僕の思った通りの人だ。何処に行っても邪魔をする。

 アンは箒にまたがって空中に浮いたまま、彼が建造物の中から姿を現わすのを待った。

 やがて、死霊の宿った炎の嵐は沈静化した。

 暗闇の中にふわりと光が放たれ、それは飛翔してアン達の方向に近づいてくる。

 電光の翼を持ち、同じく光の衣を着たエムだ。幼さの名残はあるが、その体つきと顔つきは、元の年齢より十は上に見えた。両眼が、ぼんやりと明かりを点しているような、朱に近い緋色になっている。

「エム……」と、アンは肉声で呟くように呼んだ。

「その名前はもう必要ない」と、エムも喉と口から声を出す。「僕は、アダム。世界の全てに名を付ける者だ」

「おとぎ話はやめろ」と、苦々し気にランスロットはペンダントの中から言う。「お前は死霊達に操られてるだけだ」と。

「そう思うかい?」と聞き返し、アダムはうっすらと微笑を浮かべた。

 エムの朱緋色の瞳が、知恵の無いものを憐れむような視線を向けてくる。

 彼は言う。

「死霊達に操られているから、魂を取り出す事を許可して、胸を切開させたって?」

「違うんだね」と、アンは無感情のまま返す。「君は、望んでそうしたんだ。魔性と一つになる事を、自分でも望んだんだ。そうすれば望むものが得られると思って」

 アダムはやはり憐れむような視線を浮かべてアンを見つめ返し、口元を笑ませ、頷く。

「そうであったら、貴女達はどう行動する? 僕の魂はもう『大天使』と一体化している。この器を壊すかい? 無駄だったとしても」

 そう聞いて、アンは頭を振った。それから、一言一言、声に魔力を込めて言い聞かせ始めた。

「君を壊そうとは思わない。だけど、この町の汚染を見逃しておくわけに行かない。

 人間が当たり前に生きて行ける環境を無くさない事。それが私達の仕事。アダム、貴方は、まだ、汚染され切ってはいないでしょう?」

 アダムは瞼を閉じ、「無理だよ」とだけ言う。

 それから深く息を吸って吐き、「貴女は、僕が『汚染されている』と判断しきれないでいる」と、アンの弱味を突いた。「僕と同じ力を得たが故に」

 ランスロットは、アンの魔力の異常な増強が、「邪霊から発生した何かを取り込んだ影響なのか」と察した。

 アンは、しばらく黙っていた。それから、「エネルギーは得た」と答えた。

「だけど、私はこれを『汚染』のためには使わない。エム、君は今、意識を汚染されて居るの。死霊達や、『向こう側の者』に魅入られて、利用されようとしているの。

 私は、それを止めたい。『向こう側の者』が望んでいる世界と、君が望んでいる世界は、全く別だから」

「なんでそんな事が分かるの?」と、アダムは聞いてから、フフッと笑った。そう聞いてほしいんでしょ? と、言いたげに。

「理由は言わなくても、知ってるよね?」と言って、アンは一度凍傷になりかけた左腕を見せた。そこには、うっすらとした青痣が残っている。「これが、『人を生かす力』ではない事は」

「小さな怪我を根に持たないで?」と、優しくアダムは説いてくる。「エムは、『僕を連れ出して』なんて、言ってなかっただろう? 貴女は、自分で傷を負う事を選んでるんだ」

 ランスロットはアダムの声の中の邪気に気付いた。

 ――侵食だ。まともに受け取るな。

 アンはマフラーの中で、すっと息を吸い、細く吐いた。それから、「私は、アダム、君からエムを取り戻す」と宣言した。

 アダムはまた、フフッと笑った。そして、とてもおかしな冗談でも聞いたように、大笑いし始めた。

 それから息を吐き、「困ったなぁ。僕も、貴女の食べた『大天使』を取り戻さなきゃならないのに」と言って、天を仰いだ。

「すっかり消化しちゃってるんだもの。これは、貴女を殺さないと取り出せない」

 脅し文句を聞いても、アンの冷静さは変わらない。

「殺してごらん。私も、殺す気で術をかける。アダム。貴方を殺す気で」

 そう言って、アンは片手を上に向ける。アンより少し上の位置に浮かんでいたアダムは、天空から「正常な雲」が集まってくるのを知った。

 今の状態で交戦していると、少し時間がかかりすぎそうだ。

 そう思ってから、アダムは再び言葉を発した。

「何を言っても聞く耳はなし、か」と、肩をすくめてみせる。「生憎、人を待たせてるんだ。僕は今、貴女達と遊んでる暇はない。でも、貴女には後で会いに来るよ」

 アダムの姿が鋭く発光する。アンは目を眩ませて、一瞬顔をそむけた。

 その一瞬で、アダムは姿を消した。アンは辺りを見回し、片手に集中させた魔力を握りつぶした。

 雲が唸り、電光のような力がアンの手の中で消滅する。握りしめた手を目の前に持って来くると、指がわずかに震えている。

「泣くなよ」と、ぶっきらぼうにランスロットが声をかけてきた。

「泣いてない」と答え、アンは箒を翻した。「地下の死霊が騒いでる。なんとかしなきゃ」

 そう言って、アンは中央地区の方向に飛翔を始める。

 切り替えの早い女だ、とランスロットは思った。本当に、仕事をしている時は活き活きしている。

「もしかしたら気付いてるかも知れんが」と、ランスロットは声をかける。「『アダム』とやらの朱緋眼(しゅひがん)は不完全だ」

「うん。それについて対応策がある」と返って来たので、「有能な清掃員さんだ」と、皮肉を返しておいた。

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