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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第五章~緋色の瞳は二人して~
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17.初めての家出

 やがて授業の時間に成り、教師が家に戻ってきた。そして、テキストに挟んであったはずの手紙が、テキストの上に出ている事に気づいた。

「エムツー? 貴方……」と、注意をしようか、それとも叱ろうかと考えている間があった時、エムツーは「リーガが、持って来たんだ」と答えた。

「それの中の『何か』は、僕をアダムって呼んでた」

 それを聞いて、教師のアナンはエムツーが便箋を開いた事を知った。

 エムツーは、寒さを感じているように肩を震わせ、身を強張らせ、緊張した表情で、「先生。それ、何なの?」と聞いてきた。

 アナンは、鹿のような眼の間にしわを寄せた。アナンがこの表情を作る時は、怒っているか、困っている時だ。

 慌てて手紙をテキストの中に挟む仕草や、エムツーの方から視線を外す時の教師の表情から、言い訳を考えていると察したエムツーは、「本当の事を教えて」と頼んだ。

「それがなんだかは分かんないけど、すごく怖いものなんだって言う事は、分かるから」と続けて。

「怖いことは、知らないほうが良いわ」と、アナンは言う。「エムツー。もし、この便箋に付いて、考えてしまったり、心が落ち着かないようだったら、その記憶を消す処置をしてあげます」

「何で? 恐いって事は、危険だって事でしょ? 危険を知らなかったら、身を守れ……」

 そこまで言うと、教師は突然、甲高い声で「守らなくても良いのです!」と言い切った。

 それから息を一つ吐いて、「貴方が守らなくても、私達が守ってあげます。あなた達は、唯、学んで居れば良いのです。身を護ると言う事は、もっと後になってから考えても遅くないわ」と述べた。

 エムツーは目を伏せ、下唇を嚙み、黙り込んだ。黙り込んだが、納得してはいなかった。

 緋色の瞳の奥に意思が燈る。それまで脳の働きに振り回されっぱなしだった心が、初めて「自己決定」を行なった。

 そこで、エムツーは言った。

「分かりました。でも、記憶のほうは『学ぶ』ために残して下さい。もう、失敗しないように」と。

 教師はその言葉に安心したようで、エムツーの、少し伸びて来ていた髪を撫でた。

「そろそろ、髪を切る頃ね」と言う。

「あー……」と言って、エムツーは自分の前髪を、ぴったりと額に当ててみた。「まだ伸ばしたいかな。眉毛が隠れるくらいには」

「女の子みたいに見えるわよ?」

「ちょっとはオシャレをさせてよ」

 そう言って苦笑いを浮かべ、少年はその場を誤魔化した。


 入浴と着替えを済ませ、適当に日記を書いてから、ベッドに横になった。そして、エムツーは考えた。

 彼の頭の中では、物凄い勢いで今までの生活が思い出されていた。記録に書くと、以前のように気づかれてしまう危険があったので、指を折りながら一つ一つの事柄を改めてみた。

 髪を切るタイミングと同時に、何時も頭が「やけにすっきりした気分」になる。まるで嫌な事や怖いことを、ごっそり忘れたみたいに。散髪の時は、眠ってることが多い。不用意に眠ってしまうのは避けたほうが良いんだ。

 僕の台詞の後の先生の言葉を繋げると、「危険を知っても身を守らなくても良い」になる。僕達は、何かの影響からは、全く身が守れていない状態なんだ。

 あの封書の中の「何か」から身を守ろうとすることは、先生達の知っている「何か」から身を守ってしまう事になる。それは先生達には不都合なんだ。

 あの手紙を先生達の所に持って来たのは……メルヘスだ。メルヘスは確か、誕生日よりずっと前に居なくなった。城を追い出されたんだっけ。もう半年は経ってる。メルヘスは何か知ってるはずだ。

 すぐに、メルヘスを探そう。出来れば……今日、眠る前に。

 そう思って、パジャマから再び外出着に着替えた。

 サブターナのコレクションであるリュックサックを一つ盗み出し、キッチンから、ビスケットを一握り程盗み出し、水筒にぶどうジュースを注いだ。

 食べ物をリュックサックにしまい、こっそりと検査場に向かった。もちろん、検査を受ける気はない。でも、そこを通らないと外に出られない。

 検査場に入るまでの廊下が、やけに長く感じた。緊張してるせいかもしれないと思ったが、不意に物凄い眠気が襲ってきて、天地がひっくり返ったようなショックを頭の中に受けた。


 そして、目を覚ますと、体の様子が何かおかしい。準備していた鞄は無くなって居るし、服は薄着になってるし、体が動かしにくい。

 体を起こしてみると、手術着の様な服を着せられて、何時も検査で受けている、脈と脳波を測る程度の吸盤では無い数の吸盤が、体中に貼りついている。

 口には流動食を運ぶフック型のチューブが付いていて、ショックな事に、排泄物も全てチューブで吸い取られている有様だった。

 なんだよこれ! と、心の中で叫び、一刻も早く吸盤を剥がすことに専念した。痛そうだとは思ったが、何とか股の間からもチューブを抜き取った。排泄物を吸引されている最中で無かったのは、心の救いだ。

 おしめのような紙パンツをガサガサ言わせていると、ひょこりとリーガが顔を出した。

 まるで、昼間のお詫びをさせてくれと言わんばかりに、エムツーの寝かせられてた寝台の下に、下着と服と靴、それからコートを用意してくれていた。

 言葉を話すと誰かに気づかれそうだったので、エムツーは素早く着替えると、リーガの首筋を叩いて、親指を立てて見せた。

 リーガは、まるで褒められた子供のように目を大きく開くと、一方をサッと見た。そこには、エムツーが作った洋灯が吊り下げられている。

 エムツーは、リーガの体を持ち上げ、爪先立って、その洋灯を口に咥えさせた。リーガも、一生懸命、主の意思に答えた。

 リーガが咥え取った洋灯は、無事にエムツーの手に収まった。そして、一人と一匹は、検査場の外に逃げ出した。

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