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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第五章~緋色の瞳は二人して~
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16.不貞腐れても居られない

 一応、「頑張れ」は言えたわけであるが、エムツーは納得していなかった。ブルベのサポートもあって、男らしい所をサブターナに見せることは出来ただろう。

 だけど、彼の中の「八歳の雄の脳」は、納得していない。何時までも悔し泣きをするほど子供でもないが、さっぱりと「割り切れる」ほど大人でもないのだ。

 城で硝子細工を作る時も、金属板を叩く時も、洋灯に込める魔戯力の操り方を練習していても、どうにも腑に落ちない。

 この時のエムツーの「腑に落ちない」は、頭がスカッとしないの意味である。なんであれ、ドーパミンが出てくれて、気分が持ち上がってスカッとすれば気分は晴れるのだ。

 その肝心の脳内伝達物質が出てくれるチャンスが無いので、「八歳の雄の脳」は、現状に満足できないのだ。

「爽快感をもらたらすドーパミン」の放出を妨げているの原因は、サブターナが居なくなったため、会話の回数が減った事と、大声を出す回数が減った事がある。

 その他に、エムツーが何か間違いを言いそうになったら、教師から、叱責が飛んでくる。

 今までは、悪い事を言う前にサブターナが止めてくれていたのだが、それまで漠然とあった「誰かが止めてくれること前提」の、言葉への気楽さが無くなった。

 その上、魔神達がエムツーを見て「フォ」の音で笑ってたりすると、「子供扱いされてる」とか、「嘲笑われている」ような気がして、とても気分が悪い。

 そう言った生活上の色んなマイナス要因を、八歳の雄の脳は「いつも雄を気遣うべきである雌が居なくなったのが悪い」と判断していた。

 非常に利己的であるが、彼の脳はドーパミンの減った現状をそう捉えているのだ。

 脳のほうの利己心なんて分からないエムツーであるが、気分が憂鬱になったのと、サブターナが居なくなったのが同時期であるのは分かるので、度々その二つを結び付けて、更に気落ちするのであった。


 家に帰ってから、部屋着に着替え、エムツーは午後の授業の前の休み時間を、ダラダラ過ごす。猫のエルマとじゃれ合っていた蜥蜴のリーガが、飼い主を気にして、頬っぺたをぺちぺちと叩いてくる。

「リーガ。君の手、汚いんだからやめてよ」

 エムツーは、それまでだったら全く気にしなかった文句を言う。

「結局は、僕よりサブターナのほうが信用されてるって事かな……」

 その呟きを聞いて、ペット達は何か考え込んだようだった。

 この時の、エルマとリーガの「仕草だけでの情報交換」を、言語風に訳すとこうなる。

「なんか、あんたの飼い主、機嫌悪いね」と、エルマ。

「うん。最近ずっとこんな感じ」と、リーガ。「やっぱり、相棒が居ないって言うのは、どんなイキモノでも辛いものなんだね」

「あんたは、私を相棒だと思ってるの?」と、エルマ。

「知能差はあるだろうけど。一応」と、リーガ。

「人間を動かすなら、知能より感情表現が必要よ」と、エルマ。

「へー。じゃぁ、猫の感情表現で、僕の飼い主を正常に動くようにできる?」と、リーガ。

「それは無理だと思う」と、エルマ。「根本の原因が解決できないと、ウザがられるだけよ。ペットって言うものはね」

「出来る限り努力してるんだけどね。一応」と、リーガ。「体を大きくしたり、言葉を覚えてみたり」

「喋れるわけじゃないんだから、もっと別の所を努力したら?」と、エルマ。

「別の所って?」

「飼い主の機嫌を取るとか」

「頬っぺたに触る事は機嫌をとる事にならないの?」

「猫だったら機嫌を取ったことになるけど」

「じゃぁ、エルマがやってみて」

「やだ。こいつ、私の飼い主じゃないもん」

「薄情だなぁ」

「私だって、自分の名前以外の変な呼び方してくる奴は嫌だよ」

「エムツーの考えた『種族の名前』なんだって。一応」

「あんた、その言葉好きね」

「何が?」

「いちおう」

「ああ。ごめん。それ、唯の癖」

 飼い主が飼い主であれば、ペットもペットである。


 昼下がりの間、ペット達は「なんとかエムツーが機嫌がよくなることは無いか」と、家の中を探し回った。どちらかと言うと、リーガの方が熱心に探していた。

 それは、自分の世話を看てくれる主人がぐんにゃりしているのだから、正常に動いてもらわないと、自分達の生活に不備が出来るのではないかと心配だろう。

 家の中を漁っていると、面白いものが出てきた。少なくとも、リーガはそれを面白いものだと思った。

 教師がテキストの間に挟んで居た、古びた手紙だ。それは非常に薄ぺったいが、中央から端にかけて、心臓の鼓動のリズムで宇宙の渦のように赤黒く光るのだ。

 リーガは、それを「キレイ」だと思った。そして、エムツーに見せてあげようと、テキストから手紙を引っ張り出し、それを咥えたままエムツーのほうに這い寄って行った。

「ん?」と言って、エムツーはリーガの方を見た。

 リーガは、「見てみて。キレイだろ?」くらいの様子で、封書を差し出してくる。

 エムツーは、リーガの意図は分からないが、封書を受け取って、誰の宛名も書いてないことを確信してから、半分に折り畳まれていた便箋を開いた。


 ぎろり、と、それはエムツーを睨んだ。手紙の中にあったのは、文章ではなく、紙として区切られた黒い空間に浮き出た大きな目玉だった。

 金色の虹彩に縁どられた、縦に長い赤い瞳孔を持っている。それは、沼の底から響いているような声で、「ああああああああああ」と呻いた。

「あぁああああああ。だぁああああああああ。むぅうううううううううう」と。

 エムツーは、反射的に悲鳴をあげそうになったが、何時もの勉強での訓練を思い出した。恐怖を感じた時、身体を硬直させて悲鳴を上げるのは、人間と言う動物の悪い癖だと。

 エムツーは、「それ」が、紙と言う空間の境界を越えてくる前に、両手で潰すように便箋を閉じ、封筒にしまって、封筒の口に「(シール)」をした。

 反射的な動物としての癖は我慢できたが、心臓が跳ね上がって、息が苦しくなった。身体が緊張し、何か「悪い物」の気配がする封筒を、リーガに突っ返した。

 主人の表情とぶっきらぼうな動作から、機嫌を取り損ねたと思ったリーガは、手紙を教師の椅子の上に置いてあったテキストの上に、ポイッと投げた。

 今のは何だったんだろう、と、エムツーは考えた。

「アダム」と呼ばれたような気がする。だけど、まだエムツーは「アダム」としての器も手に入れていないし、「アダム」として生活するようになるまで、後五年は学習をしなければならない。

 だけど、今観た何かは、僕を「アダム」だと知っていたのだろうか?

 推理とも呼べない、朧な直感を抱え、エムツーは大きなため息を、何度も繰り返した。

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