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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第五章~緋色の瞳は二人して~
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14.旅立ちの最中

「期限は一ヶ月。場所は城が見える範囲以内。付き添いとしてサリアを同行させる事。

 旅の途中で獣や毒蛇に遭遇したら、身を護る事。可能な限り危険な場所は避ける事。

 もし、旅の間に食料や飲み水に困るようになったら、すぐに城に引き返す事。

 地面を流れている水を飲まない事。雨が降ったら雨宿りをする事。沼や池には入らない事。お風呂は我慢する事。

 髪の毛はお湯で煮た布で拭いて、油で整える事。水溜まりに踏み込まない事。水に関する注意が多いなぁ……なんでだろう」

 城の衣裳部屋で、聞かされた約束と決まりを唱えながら、サブターナは汚れても目立たない黒い服に身を包み、なめし革と硬い革で作られた防具を身につけた。

 手指は革のグローブで覆い、脛あての仕込まれた革のブーツを履く。護身用として、ドラゴンの骨で作られた短剣を鞘に持つ。剣を引き出してみると、白っぽい刃は不思議な照り返しを見せた。

 マァリから預かった「契約手帳」と言う、手帳にしては大きな本を、斜め掛けにしたお手製の鞄の中に詰め込む。

 伸びて来ていた髪は、前髪以外を髪どめで一束に結んだ。

 サブターナの旅支度を背中で観察しながら、悶々としている少年がいる。エムツーだ。

 自分だってまだ、一ヶ月も家から離れる旅になんて、出かけさせてもらっていない。なのに、サブターナは許可してもらえた。そりゃ、僕だって、信じちゃいけないことを信じたりしたけど。

 そんな事を考えていたので、サブターナが「行ってくるね」と明るく声をかけてくれた時、エムツーは、ちらっとそっちを見て、思わず衣裳部屋から逃げ出した。

 サブターナは目を瞬き、顔の横で振ろうとしていた手を、ゆっくりと引っ込めた。男の子が、悔し泣きに顔を歪めるのを、見てしまったのだ。


 エムツーは、走って、走って、城壁の上まで逃げた。両目からは訳の分からない涙がどんどん出て来るし、城の中には必ず誰かが居るし、逃げ場を求めたら、思いもつかない距離を走り切れた。

 心臓がどくどく鳴って、頭の中は酸欠で、体も苦しいけど、心はもっと苦しい。何時も同列に扱われていて、いつも同じ立場だった片割れが、自分には手に入れられない「知らない世界への自由」を得るのだ。

 地面の方で、魔神達の見送りの声がする。フォフォフォフォと言う魔神達の歓声と、それに返事をするサブターナの明るい声が聞こえる。

 エムツーは両腕の袖で顔を拭い、それを見降ろした。

 こんなつもりじゃなかったのに、と言う思いが湧く。城を出ようとしているサブターナを城壁の上で見つめながら、唇を噛み、半べそをかいた。

 本当は、サブターナが心配だった。だから衣裳部屋までついて行ったのだ。

「無謀な旅」に行こうとしている女の子の手を握って、男らしく「頑張れよ!」なんて言って励まして……と考えていたのに、サブターナの鎧姿の精悍さを見たら、なんだか心がへし折れてしまった。

 そんな、気持ちと理想の整理がつかない男の子の所に、ちゃんと味方は来てくれた。

 ポンッと、エムツーの肩を叩く者がいる。振り返ると、蹄の足と角を持った魔神の青年がいた。「ブルベ……」と、エムツーは名を呼ぶ。

「此処から叫べば、聞こえると思う」と、ブルベは言う。大きく息を吸い、「サブターナァ!!」と、張り裂けるような大声を出した。「エムツーも、見てるぞぉー!!」

 確かに、城壁の下から、みんなに見送られながら旅立とうとしていた少女は、振り返って上を見上げた。元気に、こっちに向かって両手を振ってくる。

 ブルベが囁き声で、「ほら、エムツー」と、傍らの少年を鼓舞する。

 エムツーは、もう悔しい気持ちも恥ずかしい気持ちも訳が分からなくなって、城壁から乗り出し、「がんばれよぉおー!!」と、大声を出した。「がんばれぇええええー!!」と、出来るだけの大声を。

「行ってきまーす!!」と返事を返して、サブターナは城を囲む堀に掛けられた橋を渡り、先に待っていたサリアと一緒に、森の中に姿を消した。


 エムツーは少し誤解していた。サブターナは「自由な旅」の中に出かけるのではなく、ちゃんと保護者と監視者の付いた「お出かけ」に出かけたに過ぎないのだ。

 サリアは魔神達から、サブターナに話してはならない秘密の約束を幾つか言い含められているし、マァリも何時もの勉強部屋から、彼女の視野を使ってサブターナ達の様子を観察している。

「サリアって鎧もカッコイイね」と、サブターナは言う。「私も、そう言う金属っぽい鎧が良かった」

「サブターナには、まだ鋼の鎧は重たいよ」と、サリアは返す。

 彼女は魔力を持っていないので、細身の長剣と短剣で武装している。それから、役に立つかは分からないが、二連式の短銃も腰に備えていた。攻撃には向かなくても、銃を知っている者には威嚇の手段になる。

「それに、貴女の鎧の中には、ちゃんとミスリルが入ってるから安心して」

 そうサリアが言うと、サブターナはちょっと唇を尖らせて、「唯かっこ悪いだけじゃないのか」と言いながら、革で加工されている表面を撫でた。


 一日目は、城を囲む山々の斜面を登った。登山道でも無いし、急な斜面も多い。サリアは地図と太陽の方向をよく見ながら、傾斜の緩い場所を探してくれている。

 サブターナも、目の力を使って、遠くを見つめたり、木々に隠れている通れそうな地面を探した。

「もう少し、この高さで歩いて行くと、登れそうな場所がある」と、サリアが一方を指し、サブターナも方向を見定めた。

 二人が向かって居るのは、「永久の火」が燈っているとされる石造りの、古い人類が作った神殿だ。そこに、雷から集めた「神気」を宿した霊体――精霊――が括られていると言う。

 その霊体と交渉をして、他の元素の力を得させてもらえるように「会話をしなさい」と、マァリからは言われている。

 人間風な説得が必要なのか、術的な作用が必要なのか、試練的な事柄をクリアする必要があるのかは、まず会話をする事から始まる。

 高位の精霊との会話には失礼が無いように充分気を付けることを、マァリとの授業の間にしっかり覚えてある。

「神殿に着くまでに三日はかかるわ」と、サリアが言う。「それまでに、心構えをちゃんとね」

「うん」と答えて、サブターナは腹の臍の上を両手で押した。

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