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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第五章~緋色の瞳は二人して~
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12.呪詛と祝福

 サブターナの発する魔力の香りが変わったと気づいたマァリは、心の中で「呪われた子供にも、精霊の加護はあるのか」と唱えた。

 城の外で「自然精霊」と触れ合わせるようになってから、三ヶ月間も経たない頃だ。冬を越えて、彼等が生まれて五年目とされる日――八歳の誕生日――に、だいぶ近い頃だった。

 マァリは、サブターナとエムツーが、数多の命と引き換えられた、彼等が「向こう側のエネルギー」と呼ぶ力を洗練したものによって、強力な魔力と、その朱緋色の瞳を持っている事を承知している。

 マァリも、まともな人間の感覚ではいられないほど、長い時間を「目的を見失った呪詛」と共に存在してきた。

 自分を殺して「呪詛に括られた精霊」と成した女と、妻を目に止めなくなるほどの異常な執着を向けて来ていた男を、ぼんやりと思い出した。

 女が呪ってほしかった誰かは、マァリの訃報を知った時に発狂死したと、女は憎々し気に古い日記帳に綴っていた。

「誰かの死を聞くだけで発狂するなど、なんてふがいない。どうして、あのように不毛な者と子を設けたりしたのだろう。あの娘が生きていたから生きていたとでも言うのかしら。

 とんだ見掛け倒しだわ。何十年にも渡っていたぶり尽くす予定だったのに。ああ、彼女だってがっかりしているわ。折角、この屋敷そのものとして、逆さづりになったのに」

 思い出せたのは、主語が所々抜けている、分かりづらい文章だった。

 下らない、と、マァリは思う。

 自分を存在し続けさせていた、「呪詛」と言う力と共に、マァリは十五歳で突然途切れさせられた人生の続きを、あの屋敷でずっと眺めていた。

 器と成された屋敷には、呪詛に吸い寄せられてきた多数の霊体がひしめき合い、乾いた腐臭のような魔力が漂うようになった。女が老いて死んでから、その屋敷は廃屋となった。

 やがて、魔神達がマァリを見つけ、屋敷に括られていた霊体を解放した。

 限定された空間から解き放たれたマァリは、見ようと思えば、三百六十度の地平線や水平線までの全てを見下ろせた。

 彼女は、「見つめる」と言う能力に特化するように作られていたようだ。

 今だって、マァリ自身は城の部屋に居るが、視界はしっかりとサブターナの様子を観察している。

 幼子の放つようになった魔力の()は、春が来たことを喜ぶ森の奥の草木が、光を享受して溢れさせる香りとそっくりだった。

 このまま、この幼子が、何の罪も知らずに成長出来たら……と、マァリは考えた。考えただけで、口にはしなかった。

 サブターナとエムツーは、恐らく既存の人類社会を知っている。だが、いずれ彼等に求められるのは、古い人類が創世記と呼んで居る書物に出て来る時代風の「古の生活」である。

 そうなったら、確かに精霊術や、それに伴う魔戯力の知識は必要だろう。

 マァリは、汽笛雲雀(キテキヒバリ)に伝令を持たせて空に放った。サブターナに帰宅の時間を教えるためだ。汽笛雲雀は、魔神達の作った複製魔獣の一種である。


 小鳥型の魔獣は、サブターナの頭上に飛んで行くと、甲高い声でピーピーと鳴いた。

 サブターナは、マァリが呼んで居る事に気づいて、一緒に遊んでいたリスのような形の精霊を小枝に乗せ、「またね」と言って、城へと歩を進めた。

 ふわりと、肩に届くようになったサブターナの髪に、暖かい風がそよぐ。

 誰かの歌っている声がした。一瞬、汽笛雲雀の方を見てみたが、雲雀の声ではない。誰かが、流れるようなロングトーンのメロディーを歌っている。その声はだいぶ遠くで聞こえていたが、次第に近づいて来ていた。

 足を止め、辺りを見回すと、ふと誰かの手が頬に触れた。透明な柔らかい手が、サブターナの頬を包む。その手は優しく少女を自分のほうに向かせる。前髪が、淡い気流で持ち上げられる。

 サブターナは、一瞬「目の力」を使おうかと考えたが、それは失礼な事のような気がした。姿を見せたくないものの姿を暴くなんて、と。

 逆に、目を閉じて、優しい手の平が頬から離れるのを待った。額にそっと口づけられるような感触がした。

 サブターナに触れた透明な霊体は、小さな声で歌いながら、風の一陣になって遠くに消えた。


 部屋に戻ってきたサブターナを見て、マァリはサブターナに授業をするようになってから始めて笑んだ。

「なぁに?」と、サブターナは聞いてくる。

「ちょっと良いことがあったみたいね」と、マァリ。「元素精霊の方から接触してくるなんて」

 そう言いながら、マァリは逆様の袋の中から伸ばした片手で、サブターナを招く。

 サブターナがマァリの手のほうに近づくと、マァリはサブターナの前髪を分けて、ルシフ種の魔力の名残がある事を確認した。

 この子は、きっと優秀な精霊術師になるだろう。

 そう思って、マァリはサブターナが出会った不思議な霊体が、「ルシフ種」と呼ばれる元素精霊であると告げた。


 古代四大元素「地水火風」のエネルギーは、地上の万物を巡らせるエネルギーであるとされる。

 まだ魔神や魔獣達と混在しながら暮らしていた頃の古い人類達は、この力を操って、微力ながら魔神達と同列の関係を築いていた。

 しかし、古い人類は魔獣や魔神のように「皆等しく力を持つ」と言う存在ではない。中には魔力や霊力にあたる物を持たない人間もいる。

 そう言う個体が発生した時、古い人類は時に、「皆等しく力を持たない事」が美徳であると考えた。

 古い人類達が、音の聞こえない者達のために「指文字」を作った過程を聞いて、サブターナはかつて自分が友情を求めた人が、高位の精霊と話すためにそれを使っていた事を思い出した。

「等しく力を持たない事」を重んじた古い人類達は、次第に「向こう側のエネルギー」に対して虚弱に成って行き、遂にはその力の操り方さえも忘れた。

 それによって古い人類の中では、魔力や霊力と呼ばれる力を持つ者達は珍重され、特に「繁栄期」の頃と同じレベルの力の使い手は、国家や宗教の名の下に狩りつくされてしまった。

「現代の社会でも、あなた達と同じ瞳を持った人類は、大きな組織の管理下に置かれているわ。向こう側のエネルギーを吸収し、操れる特殊個体としてね」

 マァリがそう語るをの聞いて、サブターナは自分の朱緋色の瞳の下に片手を当てた。

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