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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第五章~緋色の瞳は二人して~
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5.ごっこ遊び

 途中で諦めないと言う目標を持っている、サブターナの裁縫の腕はどんどん上がった。型紙の引き方も、手慣れたものである。リュックサックを作り終えたら、その中に入れる色んな布のケースを作り、一つの鞄の中で小物が暴れないようにした。

 それから、とっても大変なお願いになるとは思ったが、ある日、サリアに「お洋服が作りたい」とせがんでみた。

 サリアは、二つ返事で了承してくれた。だけど、初心者が作るなら、襞や体のラインの凹凸の少ない物が良いと助言された。

 サブターナは、出来るだけ「すとーんとしたライン」で、スカートの裾がほぼ九十度開いている型紙を引いた。これなら、布を縦に降ろした時に、自然にドレープが寄ると考えたのだ。

「初めてのワンピースだったら、これだね」

 そう言って、サリアは柄がずれてもほとんど分からない、小花柄の刺繍がされた緑のカーテン布を持って来てくれた。


 靴を作るのは、サブターナには難易度が高かったので、黒い布に灰色の刺繍をして、木靴の表面に貼ると言うのをやってみた。

 ワンピースが出来上がった日、自分の作った鞄の中から、水色と黄色の「空想の花」を刺繍した鞄を選んで、サリアのようにその鞄の中の布ケースに色んな小物を詰め、森の中で「お嬢さんのお散歩」と言うごっこ遊びをした。

 化粧品ケースには、色付きのリップクリームと、傷に塗る軟膏とガーゼと布テープを入れ、ジュエリーケースにはビーズと網紐で作った、ブレスレットとネックレスを入れた。

 ハンカチもしっかりとケースにしまい、日が強かった時のための帽子も用意した。

 そしてアナンと一緒に検査場に行き、持ち物の説明と衣服の説明と、城の外でサリアが待っていると言う説明をしてから、何時もの外出前の身体検査を受けた。


 先に森の中で待っていたサリアも、サブターナの嫉妬心を掻き立てないように、黒いマーガレットが刺繍された襞の少ないシンプルな灰色のワンピースを着て、紫色の丸いハンドバッグを持っていた。足元は、優美な雪の結晶の刺繍に包まれた布の靴。

 サリアの体が大きいと言う事もあるが、サブターナは何となく自分が「三歳くらいのすごくちっちゃい子」になった気分がした。だけど、発想を変えてみれば、隣にmどんな大人より大人っぽく見える、素敵なお姉さんを連れているのだと思えると、嬉しい気持ちがしてきた。

 いつか、私はこのお姉さんと同じくらいのファッションが出来るようになって、睫毛だってお化粧で目立つようにして、地面に蛙やバッタが居たら、飛びついて捕まえるのではなく、踏まないようにそっと退けて歩いてあげるのだ、と、頭の中で一頻り「理想の素敵なお姉さん」を思い描いた。そんな風にイメージトレーニングをすると、不思議としゃなりしゃなりと歩けてしまう。

 サリアは色々と、サブターナに気を使ってくれた。

 木靴の大きさは合っているか、喉は乾いていないか、お腹は減っていないか、疲れていないか。

「もう! サリアったら、先生よりうるさいんだから」と、お嬢さんになりたいサブターナは、サリアの面倒見を嫌がる。

 だけど、サリアとしては、そう言う風に他人の事を気にするのが仕事なのだと言う事を、サブターナは心得ていた。「王様の面倒を看る時も、そんな感じなの?」

「ううん」と、サリアは返す。「王様は、大抵眠ってるから、なんにも返事はしてくれないし、私も話しかけない。髪を梳いて、髭を整えて、爪を切って、お湯で温めた布を絞って皮膚を拭いて差し上げて……そのくらいだな」

「へー。王様のあの髭って、サリアが整えてるんだ」と、サブターナは感心している。「眠ったきりなのに、すごく綺麗な髭って思ってた」

「鋼のマスクの上から髭を切るのは、ちょっと技術が要るんだよ?」と、サリアも少し、得意になった。


 そんな二人の歩く城の近辺から、遠く山脈と森林を超えた場所には、人間達が「火炎の森」と呼んでいる場所が存在する。

 かつて、要岩の事件で注目された岩石地帯から見ると、遥か遠くに、力を持った者が細心の注意を払って凝視しないと分からないくらい薄く、黒煙が上がっている。

 エネルギーを放出させる場所は少し変わったが、やはりこの地方の豊富な「向こう側のエネルギー」は、地中に留めておくわけには行かないのだ。

 古い人類達は、要岩と呼んで居る巨大な溶岩岩が、何回目かの修復の後から無事な事で、「邪気は封じられている」と思い込んで、森の奥地の捜索までは来ない。

 もし、古い人類達が、尾根の向こう側にある、溶岩の流出した開口部の存在を知っていたら、血相を変えて、そこを封印しに来ただろう。

 それをさせないために、敢えて「火炎の森」の中の要岩を壊し、その周辺で祭りを行ない、古い人類達の注意を、そちらに向けておいた。

 ユニソーム達の思った通り、古い人類は目立つ異変のほうに気を取られ、感覚的に捉えられないくらい遠くの邪気には、気付かなかった。ユニソーム達の英知によって、「四方陣」の一方は保たれている。

 外の世界から来た、永劫の者である彼等は、古い人類の習性を詳しく知っている。古い人類は、目の前で火事が起こり、誰しもが冷静さを欠けば、それが時間内に可能であったとしても、安全に逃げる行動すらも取れなくなる。

 要点は、「命にかかわる危険」「指導者の不在」「制限時間」。それにより、「衝動的な恐怖」を掻き立てる事だ。一度それ等を用意して、その恐怖から解放してやると、古い人類と言うのは「もう此処は安全だ」と思い込む。

 長い歴史の中で、彼等を襲っていた恐怖が、災害や飢餓や病、ある集団同士の争いと言う、一定の期間で通り過ぎるものだったからだろう。

 災害はいつか止む。不作の年もあれば豊作の年だってある。病は、その因子を持つ者が死に絶えれば、逃げていたものは救われる。争いは何時起こり、何時まで続くか分からないが、片方の国の全員が死に絶えるまで続いたりはしない。

 そう学んでいる古い人類達は、ユニソーム達の計画した、「世界を、かつての古い人類の想像した物語に似せて作りかえる」と言う、壮大な遊戯が、いつ終わるのかを知り得はしないのだ。

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