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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第五章~緋色の瞳は二人して~
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4.内緒の話

 王の身支度と自分の手回り品の制作の他、サリアには、サブターナに裁縫を教える時間が必要になった。

 まだ八歳前とは言え、三歳の姿で作られた時から、知識と一緒に手足の動かし方を学んでいたサブターナは、自分で自信を持っていた通りに、カーテン布の固さに根負けることなく、一目一目をしっかり縫う方法を覚えた。

 真っ直ぐ、均一に縫うと言う手作業を覚えるまでは長かったが、一度覚えてしまうと、右や左に逸れそうになる縫い目を、器用に整えて操れるようになった。

 糸の種類と機能も覚えた。あんまり、よく使う糸だからと言って安価なもので揃えてしまうと、糸がけば立って、塗って針を引き抜く時に、糸が、けば同士で絡まってしまう。

 つるつるの繻子と言う布を縫う時は、糸も同じく細くてつるつるの物を選んだ。繻子は織目が詰まっていて、細い糸を使わないと、不格好に見えてしまうのだ。

 しかし、細い糸を扱う時は、丈夫に縫うために、特に繊細な針使いを要求される。

 一通りの知識と技術が身に付いてから、サブターナは「四角い鞄」を卒業した。そして、まちのある鞄、丸い鞄、ナップザック、リュックサック……と、どんどん難易度の高い物に挑戦し、それ等を作り上げるまで、休憩はしても諦めはしなかった。

 無地の布を使う時は、刺繍の方法も教わった。最初にサブターナが刺繍したのは、「オレンジのヒナギク」だ。一度刺繍の方法を覚えたら、どんどん色んな色の植物や葉っぱが縫いたくなった。

「刺繍って不思議だね」と、サブターナは針仕事をしながら言う。その時は、彼女は鞄の平面一面に、黄色と白のたんぽぽを刺繍していた。「三次元と二次元の間みたい」

「三次元?」と、サリアは、サブターナの手元を見ながら、聞き覚えのない言葉を復唱する。

「うん。私達が住んでる、立体的な物質の世界を三次元って呼んで、平面の世界を二次元って呼ぶの。絵と文字は、一番有名な二次元を使う方法かな」と、サブターナ。

「いちじげんは存在する?」と、サリアが聞くと、「うん。点の世界を一次元って呼ぶの。物質を、それ以上分解できないほど粉々にしたり、光や目に見えないエネルギーは、ほとんど一次元の存在」と、サブターナは答える。

「光は粉なの?」と、サリア。

「そう。正確には、粒子って言うんだって。光は点状に散らばってる、波長って言う長さが違う、粒なの」と、サブターナ。

 そんな風な話をしながら、サリアとサブターナは、裁縫以外の情報のやり取りをした。

 サリアにとっては、サブターナの話す内容は、「世界の全然違う見え方」を教えてくれる興味深い物であったし、サブターナにとっては、今まで知ってたけど、誰にも話す機会が無かった知識を「伝える」と言う行動が楽しくなった。


 サブターナは「趣味」を決めてから、それまで以上に勉強が楽しかった。家で行なわれる、アナンとの授業の時に、新しい情報を聞くと、それをサリアに話すためにはどんな言葉の工夫が必要だろうと考え、知識を練って、その知識に関する楽しい逸話を探した。

 光が粒子であると言う事を話した時は、人間の画家が「光を点で表す」と言う画法を使って、一躍有名になったと言う話を添えた。

「だけど、その人の技術がすごいって言う事が知られたのは、その人が死んでから。その人が生きてた時は、みんな、その人が多用してた、ラピスラズリ色に目を奪われっぱなしだったの」

「ラピスラズリ色ってどんな色なの?」

「すごく鮮やかな青。宝石を粉にして作るんだって。だから、その絵の具を作るには、すごくお金がかかったんだ。それで、いくら絵が売れても、その画家さんは食べるものもほとんど食べないで居たの」

「体に悪い話だね」

「そうだね。ご飯はちゃんと食べないとね。そう言えば、サリアは、ごはんは何が好き? オートミール? お粥? ココアセーキ?」

「そうねぇ……。お魚が好きかな。骨の柔らかい魚を、丸ごと食べるのが好き。ああ、内臓は取り出した物だよ?」

「ふーん。なんか、みんな、あんまり歯に負担をかけないものを食べないんだね」

「サブターナは魚は食べないの?」

「魚のミンチのハンバーグは食べる。だけど、そのままの魚は食べないなぁ。ああ、でも、顎の力が弱くなると悪いからって言って、運動の時にガムを噛ませてもらう」

「どんな運動をするの?」

「最近は外で散歩もするけど、前はエムツーとリーガのチームと、私とエルマのチームで、ソフトボールをやった」

「どっちが勝った?」

「五対五の引き分け」

 そう言った風に、話はどんどん違う方向に流れて行ったが、彼女達は議論をしているのではなく、言葉のキャッチボールを楽しむ「おしゃべり」をしているのだ。

 アナンに保護されている人間の双子が、形の在る物をほとんど食べないとか、家と言う場所で、城の中とは違う、ちょっと変わった暮らしをしている事を、サリアは聞き込んで行った。

 サリアは、自分が人間の生活を知らないだけで、元々、人間と言う種族はそう言う風に育てられるのだろう、サブターナの話がちょっと不自然でも、魔神達の工夫でどうにかなっているんだろう、と思っていた。

 それに、サブターナの記憶の中では、家事は先生がやってくれている事になっている。

 普段は「検査場」の中で、体中を管に繋がれて生活していることは、サブターナ達は知らない。外出をする際は、最低限の脳波と脈拍を知る吸盤と、流動食のためのチューブだけを残して、魔神達はしっかり外出用に彼等を設えているのだから。

 その日、サブターナは趣味の時間の間に、コスモスの形の刺繍がされた布で、キッチンミトンを作った。

「先生にプレゼントする」と言って。

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