2.楓色の夏帽子
幾つかの身の周りの物を作り終えてから、サリアは「まだ布が余るな」と思った。
地面に黄色い木の葉が散っているような柄の布地と、赤い無地の布。
サリアは、その二つをパッチワークでつなぎ、一番目立つ所に、メープルの葉の模様を模った、赤い布を縫い付けた。黄色が目立つ布地の方にも、色取り取りの糸で、メープルの葉の模様を刺繍した。
この大きさなら、小さなランケーク族の頭にぴったりだ。何時も創作の間を見に来るランケークの女の子に、帽子をプレゼントしよう。
そう思って、ランケーク族の丸い頭をすっぽりと覆ってしまえる帽子を作った。縁に飾り紐を通し、人間で言えば耳の位置で、硝子球を飾って結んだ。紐を少し引っ張れば、ランケーク族のつかまりどころのない頭にも、ぴったりとフィットするだろう。
日除けと飾りのための鍔も付けて、帽子と鍔の継ぎ目を隠すように、手縫いで作ったリボンを回して縫い留めた。
次の日。ランケーク族の女の子は、サリアの所に来て目を輝かせた。赤と黄色の糸で飾られた、秋色の帽子が、自分のために作られたものだと知ったからだ。
ランケーク族は、内臓も脳も、必要な臓器は頭の部分に全部が入っている。それ故、頭を守る事は重要視されていて、体が在る程度の大きさになるまで生き延びると、頭を保護するための衣服を被るようになる。
体の成長は個体差があるが、頭に衣服を着るようになったら成人したランケーク族であるとされている。
その事情をサリアも知らなかったわけではない。創作の間を見に来る女の子にとっては、だいぶ早い「成人の儀式の通過」には成ってしまうが、秘密のプレゼントとしてサリアは丸い帽子を被せてあげた。
「あったかい」と言って、ランケーク族の女の子は、八又に分かれている触手のような肢をうねうねさせた。特に長い左右の二本で、帽子の上をきゅっと押さえ、より頭の形に添うようにした。「お洋服って、こう言うものなのね」と、女の子ははしゃいでいる。
そして、はしゃいだまま部屋を出て行ってしまった。「これは内緒だよ」と、サリアが告げる前に。
しばらくしてから、だいぶ体の大きい……入り口で、ちょっと頭がつっかえるくらいには体の大きいランケークの婦人が、さっきのランケーク族の女の子を連れて、創作の間に姿を現した。
襞の多いドレッシーな袋で頭を覆った婦人の、触手の皮膚は紫色に発色しており、表皮に血管が張り詰めて、血液の色が皮膚に透けている事が分かる。
これを、人族に近い現象に置き換えると、青筋が浮くほど頭に血が上っている状態だ。
「サリア! お前が!」と、言って、婦人は女の子から取り上げたらしい帽子を、制作者の足元に叩きつけた。
さっきまで秋色に輝いていた帽子は、真っ黒な墨でドロドロに汚され、縫い目を引き裂こうとしてそれが出来なかったように、布の一部が引き千切られていた。
「よくも、私の娘に、要らない手をかけてくれたもんだね?!」と、血管を浮き上がらせる婦人は激昂する。「ランケークにとって、衣服がどんな意味を持っているか、知らないとは言わせないよ!」
「それは……知ってる」と、サリアは怒りで頭がいっぱいのランケークに、圧倒されている。「でも、これは衣服じゃなくて、帽子だから……」
「屁理屈を言うんじゃない!」と叫び、娘に要らない体験をさせた人物に向かって、母親は墨まみれの帽子を拾い上げ、突きつける。
墨の飛沫が、サリアの頬と服に飛び散り、黒い点を残す。
「よりによって、よりによって、こんなつぎはぎの、古いカーテンを?! ふざけるのもいい加減にして! 私達は、あんたとは違うのよ! 古いカーテンを着る、王の奴隷なんかとは!」
そこまで言ってから、婦人は我に返った。言ってはいけない言葉を口にしたからだ。
彼女は素早く周りに視線を向け、この場を去ったほうが良いと判断した。
母親は、墨まみれの帽子をサリアの胸に投げつける。
「とにかく、これ以上、うちの娘に関わろうとしたら、手足がまっすぐで居られると思わない事だね!」と、脅し文句を残し、婦人は来た時より皮膚を紫色にしながら、娘の触手を引っ張って部屋から出て行った。
サリアは目に涙をため、頬を汚していた墨を手の平で拭った。
胸に貼りついていた墨だらけの布を引き剥がし、他の物を汚さないように、部屋の中にある手洗い場にそっと置いた。
「失敗しちゃったね」と、硝子細工職人の一人が、清潔な布を渡してくれた。「でも、よく我慢した」と言って。
他の職人達も集まってきて、サリアの失敗は、確かにランケーク族にとっては、怒っても仕方ない事だが、ああまで罵られる必要はないと言い聞かせてくれた。
王の奴隷。
そう呼ばれるとしたら、この城に住む者達の大半は、王の奴隷だ。ノスラウ王が暴走しないように、常に先回って気を使い、ご機嫌伺いをして、時には、王に生きたまま捕食されると言う、不幸な事故にも遭う。
王に関わる仕事を免れているからと言って、ランケーク族やフォリング族が、「優秀である」「特別である」と言うわけではない。彼等は、同種族以外の、身動きが出来ない誰かの面倒を看ると言う事に対して、その知識を受け入れられる心得も技能も持っていないと言うだけなのだ。
しかし、時には王と関わらなくて良いと言う安全を、「自分達の種族が特別であるから、許されているのだ」と勘違いしてしまう者も居る。先のランケーク族の婦人も、そのような考え方を持っていたのだろう。
サリアは、渡してもらった布を水でぬらして絞り、服に付いた墨を拭いた。水溶性の墨なので、洗えばある程度薄くなるだろう。雪の結晶を模した白い刺繍に、少しだけ影が残るだけだ。
そうだ、少しだけ……少しだけ、私の友達が、居なくなってしまっただけだ。
サリアはそう念じながら、着替えるために自分の居室へ向かった。




