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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第五章~緋色の瞳は二人して~
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1.冬模様のカーテン

 夏の日射しが、城の外に注ぐようになった頃。窓の鎧戸は磨き上げられ、内を飾るカーテンは、風を通しやすい薄い生地の物に取り換えられた。

 埃が染み込んで、所々シミや傷みもある古いカーテンは、城中から集められ、本来は中庭で燃やされるはずであった。

 この城にサリアが来てから、城中の古いカーテンはサリアの許に集められる。

 彼女は手ずから、古いカーテンを綺麗に洗ってシミを漂白して、中庭で天日で干し、乾いてから自分用の服に仕立てるのだ。

 異国で敷物を縫う時に使う大きな硬い針と、刺繡用の丈夫な糸で、サリアはその広い手からは想像できないほど、繊細で細かい針使いを見せ、様々な柄のワンピースを縫った。

 余った布は、パッチワークで接いで形を作り、サリアの使う小物類をしまう布袋になった。

 化粧品や鏡をしまうポーチや、少々の宝石通貨を持ち歩く財布、ネックレスやブレスレットを携帯するための布製のジュエリーケース、厚手の布で作った櫛入れ。そして、それら全部をしまうための、冬模様の厳かなバッグ……と言う具合に。

 靴だって、靴底を形作る木の部分と金属の部分を残しておいて、脚を包む部分は毎年一回、冬用の丈夫なカーテンが手に入る季節に、作り直している。

 靴の作り方は、城でそれを専門とする者に聞き、作り方を丹念に習った。

 靴職人は親切で、サリアの大きな足のサイズをしっかり計り、靴が悪いために起こる色々な病気に困ることが無いように、何十年も持つ丈夫な靴底を作ってくれたのだ。

「中に仕込んである金属が見えるようになったら、靴底も作り替え時だ」と、その職人は言っていた。

 サリアは、巨人族の血を引いている。姿形は人間そっくりだが、二十になるかならないかのサリアの身長は既に二メートル半を越しており、巨人族の成長期は二十五歳くらいまで続く事から、まだ身長が伸び、体が大きくなるだろうとされた。

 サリアが城に来た理由は簡単だ。ノスラウ王付きの召使として売られて来たのだ。

 巨人族よりも体の大きなノスラウ王にとっては、二メートル半あるサリアを見ても、子供にしか見えないだろう。

 サリアは、ノスラウ王の髪を梳り、剪定鋏で爪を切り、香水を混ぜたお湯で湿らせたタオルで皮膚を拭いて、髭を整え、王としての威厳を無くさないように努めている。

 ノスラウ王は、サリアについては非常に寛容だ。サリアが魔神ではない事と、王にとって恐怖と共に食欲を起こさせる「強い魔力」を持っていないからかもしれない。

 詳しい事情は、何時も半分眠っている王に、直に聞かなければ分からないが、その身の周りの世話をしているサリアが、とって食われることは無かった。


 今年も、季節外れの分厚いカーテン布を手に入れたサリアは、熱心に自分のための仕事をしている。服と靴を作るのも、女性として必要な品を作るのも、サリアにとっては王のための仕事と同じ日課である。

 木工芸師達が、椅子やテーブルを作って細工模様を施したりしている、創作の間の片隅で、サリアは自分で木を削って作った定規で、型紙を引いている。

 出来上がった型紙を、綺麗な刺繍の模様を損なわないように布の上に置き、マチバリで止めて、折り返し線をチョークで引く。それから、裁ち切り線と、縫い留めるための目印の線も引き、彼女にとってはコンパクトなサイズの、裁縫用のハサミでジョキジョキと布を切り始めた。

 布を飾っている刺繍の糸を切ってしまう場所は、予めマチバリで止めてある。そう言う所は、刺繍の形を残して、内側に織り込んで縫い留めてから、邪魔な部分を切り取ってしまえば良いのだ。

 布を裁つ作業が終わり、パーツは全部用意できた。長く残してある布は、やはり自分で作った彼女用のトルソに巻き付けて、虫ピンを通して行き、最終的には形を整えて縫い留め、衣服にする。

「今回は、何の作業だい?」と、木の塊から日用品を作る工芸師が、サリアの作業に興味を示した。

「雪の模様のバッグと、ワンピースのセットをね」と、サリアは答える。「それから、新しい靴も」

「ドレスは襞がたっぷりの?」と、手を洗って来たばかりの陶芸師も聞く。

「もちろん。社交界の奥様にだって、負けないのを作る」と、サリアは意気揚々と宣言する。

 実際、サリアの手芸の腕は年々上がっており、創作の間に集まる者達は、この「体の大きな若い娘」が、布を操る事に関して、いずれは天才的な技術を身につけるだろうと予感していた。


 笑うと言う習慣が無かった城の者達も、エムツーやサブターナが訪れるより前から居る、サリアの表情を見て、「人間に近い種族は、別個体に敵意が無いと示すため、『微笑む』と言う表情を作るのだ」と学んでいた。

 それにより、エムツー達が城を訪れる時には、職人も芸術家も工芸師も、人間の子供の作る「微笑む」と言う表情の意味を知っていたし、自分達もエムツー達にその表情を向けようと努力した。

 動かせる口が無い者は目を笑ませ、動かせる目が無い者は口元をほころばせ、どちらも無い者は「フォ」の音を短く鳴らして、「笑っている声」を作る。

「フォ」の音を長く伸ばして、相手に賛辞を贈ると言う交流方法も、「お前の行動を快く思っている」と示すための重要な表現であるとして、異種族がまじりあう城の中での共通言語になった。

 ヒト族に近しいサリアとの交流が、「いずれ人間の子供を受け入れることになる」魔神達にとっては、良い予習であったのだ。


 布を縫い留める作業をしているサリアの所に、エムツーとサブターナが見学に来たことがある。

「サリア。しばらく手元を見せてね」と、教師役の魔神、アナンが声をかけて来る。

「どうぞ」とだけ答えて、サリアは作業を進めた。

 アナンとしては、双子に「手で何かを作り出す事への興味」を持ってほしかったらしい。難易度の高い木工品や、扱うのが難しい金属用品より、安全で簡単であるとしてサリアの手芸を二人に紹介したようだ。

 見る間に細かい目を縫って行くサリアの手さばきを見て、双子は感心した。

「サリアは、何処でその……お裁縫を覚えたの?」と、サブターナが聞いてくる。

「ずっと昔に。何処で見たのかは忘れたけど、方法は覚えてた」と、サリアは答える。

「サリアは器用なんだね」と、エムツーは褒めたつもりのようだ。

「みんなが思ってるほど、巨人族は『お天気やさん』じゃないの」と言って、サリアは意地悪そうに微笑んだ。それから、困ったように言う。「巨人族でも、腰巻だけで歩いてるのは、田舎の人ばっかりなんだよ?」

 エムツーは、気まずそうに双子のほうをちらっと見て、サブターナはしょうがないなぁと言う風に言い繕う。「そうでしょうとも。サリアを見てれば、巨人族だってオシャレさんなんだって分かるよ」

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