満足した王様と不満足な従者4
タップダンスと言う、踵を打ち鳴らす音を楽しむ、身のこなしのが軽く、細かい動作が必要なダンスが人間の世界にはあります。ブルベが始めたダンスの活動は、それと似たようなものでした。
「カッティングケイク」を踵につけたままのブルベは、そのカチカチ音を操るダンサーとして、「城」の中で有名に成りました。
だけど、ブルベとゼブの身に起こった事件を知っている魔神達は、誰も「その妙技を王にお見せしろ」とは言えませんでした。
ブルベは一心に舞い踊りました。
その身のこなしの素早さから、そのダンスは筋肉の発達と体のコントロールを覚えるのに丁度良いと判断されて、選ばれた双子――エムツーとサブターナ――の教育の一環として取り入れられる次第になりました。
「臍の下に力を入れる。体幹を意識して。軸足はしっかり、蹴り足は軽快に。動作が変わる時、軸足と蹴り足は素早く入れ替える。
手足を動かした時のバランスと、重心がどう移動するかを覚えるんだ。最初はゆっくりで良い。いや、むしろゆっくり動作して。その方が馴染みが早い」
教え方としては手探りですが、ブルベはエムツー達にダンスの方法を説きます。
まだ踵に金属を入れていない、唯の革の靴で、エムツー達は思考の間の床を蹴ります。床はつるつるの石造りですが、踊る場所には、わざとジュースを撒いてあるため、適度にべたついて、踊るには丁度良い摩擦力を発揮しています。
「右、左、右、右、左、右」と、ゆっくりなテンポで手を鳴らしながら、ブルベは踵を鳴らす方の足の指示を出します。
双子は一生懸命、鳴らない踵を打ち付けながら足さばきを覚えました。
自分を保護し慰めてくれる魔神達を食べてしまう王様は、むっつりしたまま眠り込んでいました。その眠りはずっと地面の奥深くまで届き、そこにいる者の見る夢とリンクしています。
赤子は食べたい食べたいと念じます。王様も、食べてしまいたい食べてしまいたいと念じます。
赤子は大きな丸い木の実を夢に見ました。王様も、大きな丸い木の実のような……夕日を夢に見ました。どうにかして、あれを食べてしまいたい。
そうすれば、もう怖いことは起こらない。全部は自分の物になる。お腹は満たされて、もう自分を殺そうとする者は襲って来なくなる。
完全な安全を手に入れて、大地の上に這い出るのだ。そして天にきらめく星々へ、旅に出るのだ。永劫の者達がやってきた、遠い宇宙と言う世界へ。
そのためには、とても強い力が必要だ。あの朱くて丸い果実を食べ切る、大きな力が必要だ。唯食べるだけでも駄目だ。食べて、消化して、自分の物にしてしまえる力が必要だ。
そのためには、少しずつ食べて、少しずつ内側に取り込み、少しずつ侵食して行くのが重要だ。
朱いあの実が食べたいな。
そう思いながら、赤子と王様は、同じ夢の中で別々の星を食べる事を夢見ました。
数週間後の祝杯の間での事。
カッカカッカッ! と、タップシューズ成らぬ、「カッティングシューズ」の踵を打ち鳴らし、燕尾服の同じ衣装を着た双子は、同じタイミングで同じ決めポーズを見せました。
魔神や魔獣達は、フォーフォーフォーフォーと言う、不思議な抑揚を持った笑い声のようなものを立てます。これが、「城」での賛美の方法でした。人間の世界で言う拍手です。
「ご清聴ありがとうございました」と、エムツーが、恰好を付けて言い放ちます。
その頃には、サブターナはもう決めポーズを解いていました。
周りを囲んでいる魔神達の差しだす手に、握手を返しています。男の子の服装をしている可愛らしい女の子を、魔神達はもてはやしました。
サブターナが向かって左側の観衆から順番に握手を返しているので、エムツーは向かって右側の観衆に手を差し出しました。
一歩出遅れた男の子にも、魔神達は握手を返しました。
お披露目会が終わってから、サブターナはコーチのブルベに向かって、「左足を踏みこんで、右の方向に回る時、どうしてもブルベみたいにバランスが取れないの」と言いました。
ブルベは、昔の傷が残る左脚を軸にして、右のターンをするときに、独特のブレが生じるのです。双子は、それを見たままそっくり真似していたので、普通の人間だったら無理のあるブレまで再現していました。
「その部分は、僕の悪い癖が出てるんだ」と、ブルベは言いました。「だから、君達はもっと……自由に踊って良いんだ」
「自由に踊る?」と、エムツーは変な顔をします。「振りつけがあるから、ダンスなんじゃないの?」
「うん。だから、僕の癖に合わせる必要はない。もっと、こうしたら振付が良くなる、こうしたら手足の動きがきびきびするって言う……自分達に合った形を見つけるんだ。それだけは、僕は教えられないから」
ブルベの話を聞いてから、双子はこそこそと話をして、顔を見合わせて頷き、「家に帰ったら『ダンスのフィルム』を見せてもらうね」と言い残すと、「城」から帰って行きました。
彼等の言う彼等の「家」は、検査場の中で装置を付けられて見せられる、「情報を共有しているだけの夢」である事情を、双子はまだ知らされていないのです。
いつ、その事を告げるんだろうと、お披露目用に設えた広間に残ったブルベは、床に撒いたジュースを拭き取りながら、ぼんやり思いました。
いくら特別な存在だって言っても、そこまで過保護に育成する必要はあるんだろうか。いっそ、みんなと一緒に「城」の中で暮らしたほうが、心も満たされるだろうに。
心を満たすものがあれば、空腹なんて忘れてしまうだろう。
そう気づいて、ブルベは背筋が寒くなる感覚がしました。
眠らされている王も、隔離されている双子も、「飢え」を忘れないことを望まれているのか? その飢えを、何かに……自分を攻撃してくるはずの何かに、ぶつけさせるために。
そう直感してしまったのです。
表皮の傷が残った左脚に手をあてて、ブルベは願いました。凶暴さを求められている三つの命達の心に、平穏が訪れる事を。
ブルベの背後には、自分の双子に声をかける事も出来ず、黙ってその背を見守っている、ゼブの姿がありました。ブルベが振り返ると同時に、その姿は淡い光の粒子となって消えました。
まだ、満ち足りない闇夜は続くようです。




