満足した王様と不満足な従者2
双子の名前は、エムツーとサブターナと言いました。教師役の魔神、アナンが先を歩いていて、どうやら二人は何処かに行く途中のようです。
彼等は普段、教師以外の魔神が居ない「検査場」にいて、滅多に「城」には姿を現しません。
「なんだい? 社会見学?」と、ブルベは明るく声をかけました。
「うん」と、エムツーと言う男の子が答えます。その手には、思考の間で見つけた本が握られています。
「新しいお勉強をする本を、探しに来たの」と、サブターナと言う女の子が詳しく答え、やはり別の本を持っていました。
鹿と人間を混ぜたような姿をしているアナンが、振り返って言います。
「エムツー、サブターナ。『黙読の間』では、喋らないでね」
黙読の間は、一切の音が禁じられた、ブルベ達は侵入できない学習施設です。
「ブルベ達も、一緒に読書しない?」
エムツーがそう無邪気に聞いてくるので、ブルベは自分の踵を「カッティングケイク」と鳴らして見せて、「これがあるからね。黙読の間には入れないんだ」と言います。
「えー? そんなの……」と言って、何か言おうとするエムツーの腕を引いて、サブターナは言葉をやめさせました。
それから、サブターナは「ブルベ。後で『千年史』のお話をして」と言いました。
「良いよ。思考の間に居るから、後で二人でおいで」と、ブルベは返事をしました。
黙読の間で勉強かぁと思って、ブルベはアナンの教育の熱心さに溜息を吐きました。
黙読の間では、本を読む他に、色々な実験や、新しい発明等が行われています。それらは全くの無音の中で行なわれ、誰かの実験や発明を「黙って見る」事も出来ました。
七歳か八歳くらいのエムツー達は、魔神達の実験や発明を、どんな気持ちで見ているんだろうと、ブルベは考え、長い廊下を歩いて行く子供の背をいつまでも見守っています。
「そろそろ行かないか?」と、子供の観察に飽きたゼブが言い出しました。
エムツーとサブターナが作られる前に、「創世期」に則った子供達は、何度も作られたことがあります。
ロビンとエニア、シャーロットとソラリス、ラスボルとテレスタ……名前だけ上げたらきりがないくらいです。
最初は、人間の作った「創世記」そのもののままに、最初から大人の姿の人類を作ろうとしたのですが、生物として短期間で無理矢理成長させた姿から知識を与えようとしても、脳に知識が定着する前に、その生き物の「生命力にあふれた期間」は終わってしまうのです。
そこで、創世記の一部を書き換え、「子供の頃からある程度の大人ほどの知識を与えた状態」で、人間を育成する事にしました。
そう言った事情があり、エムツーとサブターナは、三歳の姿で作られた時点から、大量の知識を与えられました。
彼等の脳は、それをすんなり受け入れ、今でも学習については貪欲です。
だけど、最近のエムツーは、言う言葉を選ばなくなってきました。思慮を持つより先に、自分の願望をかなえる言葉を口から出してしまったりして、サブターナに度々「無責任」と罵られています。
さっきも、たぶんエムツーは、「そんなの外しちゃいなよ」や、「そんなの気にしなくて良いよ」と言う、自分で責任を負える範囲以外の言葉を口にしようとしたのでしょう。
エムツーは、知識はあっても感覚が子供なんだな、と、ブルベは納得しました。
半刻ほどしてから、エムツーとサブターナは思考の間に来ました。
本を読んで居る人の他に、ノートにペンを走らせている人や、お話をしている人達もたくさんいます。思考の間は、熱心な言葉の交流が重視される部屋です。
傍らで、静かに手打ち太鼓を鳴らすゼブを放っておいて、ブルベは子供達に千年史を教えました。
「『繁栄期』には、とても複雑な自然と言うものが存在したんだ」
ブルベは語ります。
「神々が『実れば良い』と思えば、果実はたわわに実を付け、穀物は房を垂らした。そして、『枯れれば良い』と思えば植物は朽ちた。そう言う風に、現代では魔神と呼ばれている者達が、自然界の主導権を握っていた。
それから、古い人類達が『うすのろ』として処分した子供達は、魔神の許に来て新しい魔獣になった。争いが起こった一番の原因は、この二つだと言われている。
古い人類達は、魔神達が意のままに出来る『自然』がある事と、自分達が処分した子供達が魔神に取り込まれる事を嫌ったんだ。自分達より優位な存在が居る事を、彼等は敵視したのだろうね。
古い人類達は、その繁殖力と数の力で、魔神達を地上から追い払った。そして『苦労して季節ごとに実りを得る事』と、『子供を自分の財産と考える事』を美徳として、実行した。
それによって、作物の実りが悪い時期には飢餓になり、子供は産んでも産んでも、怪我や病気や争いで死ぬようになった。
稀に生き延びた子供達は大人になると、やはり飢餓と怪我と病気と争いに、年中悩まされるようになった。
それでも、古い人間達は魔神が世界に居ない事は『良い事』であると思ってたんだ。地上の世界の全てを自分達が支配して、『向こう側のエネルギー』を、体に悪い事を起こす邪悪なエネルギーだとした。それが、今『邪気』と言われているものの正体だ。
古い人類が長時間強い邪気にあてられると、体に変形を発生させる。元々が、『生物として新しい力を得させる』エネルギーだから、その辺から噴出している、法則の無いそれにあてられたら、法則の無い変形を起こしてもおかしくない。
現在生きている古い人類は、そう言う『向こう側のエネルギー』の根本的な所を忘れちゃってるんだ。単純に、体や環境に害を成すエネルギーだと思って、せっせと地上から『向こう側のエネルギー』を削除しようとしている。
それによって、現在の古い人類達は、『向こう側のエネルギー』に対しての耐久性をすっかり失くしているんだよ」
そこまで話すと、サブターナが聞いてきました。
「法則性のない『向こう側のエネルギー』は、古い人類の体を蝕むの?」
「そう。耐久性がすっかりなくなってるから、あっと言う間に変形ちゃうんだ……恐らく、低知能な怪物に」と、ブルベは答えました。




