籠の中の子供達4
サブターナは家に帰った後、気持ちが落ち着いて、言葉の整頓ができてから、自分の失敗を教師に打ち明けた。
「不用意な事をすると、悪い結果になるのが分かったわね」と、魔神はたしなめる。「あなた達が、古い人類と接するのは、まだ早い。新世界の良き指導者として振舞えるようになるまで、時間をかけなくては」
「なんで、バッバは……アミナを殺そうとしたの?」と、サブターナは聞いた。
「それが古い人類の不思議な所よ。自分が苦痛を与えられている原因だと思ったら、何だって排除しようとするの。例え、家族でも」
「バッバは、アミナの家族だったの?」
「そう。呼び方から推測するなら、おばあさんでしょうね。良い事? サブターナ。精霊を操るにしても、あなたの術はまだ不完全だわ。これからも、勉強を重ねる必要がありますよ?」
そう言い聞かせられて、サブターナは、項垂れるように頷いた。
その後、サブターナがこっそりとアミナの畑を探そうとしても、畑は見つからず、アミナも姿を消した。
地面を流れる森の小川を越えて、密な木々に囲まれている、一辺二十メートルほどの小さな畑。それがあった場所に出かけても、焼き払われていたはずの地面には、無数の樹木が生えている。まるで、何百年も前から、そうだったとでもう言うような、幹の太い立派な木々が。
自分が苦痛を与えられている原因だと思ったら、何だって排除するの。
教師から聞かされたその言葉を思い出して、サブターナは怖くなった。私は古い人類と同じなのだろうか。アミナに嫌われてしまった時、私はアミナが居なく成れば良いと思っただろうか、と。
知らず知らずの間に、自分の苦痛の素だと思って、アミナを世界から排除してしまったのだろうか。
だから、アミナは消えた。
その推測は、恐ろしさのあまりに言葉にすることが出来ず、サブターナは涙も出ない絶望感を味わった。木登りをして居るエムツーの許に、足を引きずりながらもどった。
そして木の幹に背を預け、考えた。自分に与えられた力が、もしアミナの存在を消したのだったら……私は、世界をどの様に変えてしまうのだろう。
「サブターナ。木登り競争しようよ」と、相手の様子など知る気も無い相棒は、一際高い木の上から声をかけて来る。相棒とは、距離が離れていても大声を出す必要もなく話せる。
「そう言う気分じゃない」と、サブターナは答えた。
なんだか分からない、気持ちの悪い感覚が、サブターナの胸の中で渦を巻いている。もし、朝にお腹に重たいものを食べていたら、吐き戻していたかも知れない。
喉の奥にムカムカとこみあげてくるものを、必死に唾液を飲んで抑え込んだ。
しばらく木の根元から動けなかった。息を吐けるようになるまで、二分はかかっただろうか。
「あ」と言って、エムツーは木の上で一方を指差した。「煙だ」
「森火事?」と、サブターナは息を吐きながら必要な事を聞く。
「ううん。細い白い煙が、スーッと伸びてるの。誰かが……そうだな。お昼ご飯の用意でもしてるみたいな様子で」
それを聞いて、サブターナは咄嗟に、エムツーの視野に自分の視野を合わせる術を使った。
エムツーの見ている「煙」が見える。
森のもっとずっと向こうに、小さく拓けている所がある。そこに木で出来たお家があり、見覚えのある、長い髪のぼさぼさ頭の女の子がいた。
服を着て靴を履いているが、アミナだ、とサブターナは気づいた。
アミナは、薪を切っている誰かの周りで、飛び散った木切れを拾っている。誰か、養ってくれる人を見つけたのだろうか。
「サブターナ!」と、エムツーが文句を言ってきた。「視野を合わせるなら、一言言ってよ。瞬きできないのって、目が痛いんだよ!」
「あ、ああ。ごめん」と答え、サブターナは術を解いた。
アミナは、どう言う訳か遠く離れた場所の、誰かのおうちで暮らすことになったようだ。
だけど、畑が一瞬で消えた事や、他人を嫌っていたアミナが急に「懐く人」を見つけたのは、何となく変な感じだ。
アミナに、新しい環境を提供したのが誰かは分からない。もしかしたら、先生達が何かをしてくれたのかも知れない。そう思って、サブターナは不安を飲み込んだ。
だが、それが事実かを確認するのは怖かった。何もしていませんよ、と言われる時があるからだ。そう言う時は、魔神達は優しい嘘を言っているわけではない。本当に何もしていないのだ。
もし、あの小さな家とアミナを守ってくれる優しい人が、サブターナ本人がアミナのために用意した、もう一つの世界なのだとしたら、それは不完全な気がした。
サブターナの許には、歌だけが残った。アミナの歌っていた、遠い国の子供達が遊戯をするときに歌う歌。
かごめ、かごめ、かごのなかのとりは。
いついつ、でやる、よあけのばんに。
つるとかめがすべった。
うしろのしょうめんだぁれ。
その言葉を翻訳してみると、「籠の中の鳥は何時出て来るだろう。夜明が来る晩に、長生きは出来ない子が生まれる。あなたの真後ろに居る人は?」と言うような意味であると推測された。
「うしろのしょうめんだぁれ」
そう呟く度に、サブターナは新しい人類の祖となる自分達を籠の中で守っているはずの「大いなる存在」について、思いを巡らすのだった。




