籠の中の子供達3
アミナは、姿を現さない精霊と話すのが好きだった。特に、収穫の時期を迎えて、お腹いっぱい食べる事が出来た日は、上機嫌で精霊達に歌を聞かせてくれたりもした。
焚火の前にすっくと立ちあがり、夕空を仰ぎながら、細く優しい声で歌い始める。
かごめ、かごめ、かごのなかのとりは。
いついつ、でやる、よあけのばんに。
つるとかめがすべった。
うしろのしょうめんだぁれ。
そう歌ってから、「精霊。バッバにこの歌を届けてね」と言うのだ。
アミナは焚火の前に座り込み、目に見えない「精霊」に向かって、独り言でおしゃべりをした。
「バッバはずうっと昔に、二度と起きられない病気にかかって、そのまま眠っちゃったんだ。それから、二度と目が覚めなくなった。
バッバは精霊になったんだって、町の偉いお坊さんが言ってた。バッバが眠る時、私はまだ歌えなかった。だから、精霊。バッバに、私が歌えるようになったことを、教えてくれ。
もし、バッバに伝えてくれたら……そうだな。指文字を教えてあげる。私も、バッバから教えてもらったんだ。位の高い精霊と喋る時は、必ず指文字を使う。そう言うものなんだろ?」
そう言ってから、アミナは焚火の音に耳を澄ました。パチパチと爆ぜる小枝の燃える音は、小さな拍手のように聞こえた。
サブターナは、新しい術を覚えた。魔術のある世界で、精霊と呼ばれるエネルギー体と会話をする術だ。
サブターナは、本当に「バッバ」と言う人が精霊になったのか、そして、元来の精霊達は、その事を知っているのかを調べたかったのだ。
かごめ、かごめ、かごのなかのとりは。
サブターナは家の中で術を操りながら、そう歌を口ずさんだ。
調べてみると、異国の子供が遊戯をするときに歌う歌だと言う事が分かった。
アミナは、その事を知っているだろうか。サブターナは考えてみた。この言葉を歌っている時のアミナは、真っ黒な瞳に夕陽を輝かせていて、まるで神聖で不思議な呪文を唱えているように、清らかな表情を浮かべる。
きっと、最初の意味なんて、アミナには要らないんだと、とサブターナは思った。歌えるようになったことが嬉しくて、それを胸を張って誰かに聞かせたいと思っていて、でも、一番聞かせたい人は、もう精霊として、大気の一部になってしまっている。
自分がそんな状態に置かれたら、正気で居られるだろうかと、サブターナは考える。それとも、アミナは狂っているんだろうか? 本当に彼女は、精霊と話したがっているのだろうか。
サブターナは、自分の術で呼び出した精霊達に、指令を持たせた。
「アミナのバッバを探し出す事」と言う、単純な命令だった。
印を刻んだ小瓶を用意し、精霊達が引っ立てて来たエネルギー体を、小瓶の中に閉じ込めた。それは、崩れかかっている人間の姿をした、見ていてもあまり気分の良くないエネルギー体だった。
本当に、これはあのアミナが歌を届けたいと願っている、「バッバ」なのだろうかと危ぶんだが、サブターナは、明日の散歩のときに、アミナの畑に行くことにした。
サブターナは、いつも通り木登りを始めたエムツーを放っておいて、アミナの畑に向かった。ワンピースのポケットの中では、小瓶が印を光らせている。
サブターナが畑を見回していると、「誰……!」と言う語気の強い言葉の後に、「あんた」と、アミナは気の抜けたような声を出した。それから、また目つきを鋭くして、「なんでまた来たんだ? 畑の物はあげないよ?」と、忠告する。
「畑の物が欲しいわけじゃないの」と言ってから、サブターナは用意してた理由を話した。「精霊達から、あなたの探している人を、見つけてもらったの。その人を連れて来たんだ」
「私の探してる人?」と、アミナ。
「バッバって言う人を、探してたでしょ?」
そう聞くと、アミナはより一層緊張した表情になって、固い角質で守られてる足元を擦り切らすように後退ると、ナイフを構えた。「お前、それをどこで知った?」
「教えてくれたの……」と、サブターナは言い訳を言う。「精霊が」
アミナは、まだ警戒は解いていないようだが、ナイフを引っ込め、黙ったままサブターナを見つめた。
サブターナはポケットから小瓶を取り出し、瓶のコルク栓を開けた。エネルギー体が、元の大きさを取り戻しながら吹き出てくる。
青白い気体の様なエネルギー体は、白い髪を結いあげた女性の頭部の形と、歪んではいるが、両手の形を、辛うじてとどめている。そして、真っ赤に光る眼でアミナを見つめ、襲い掛かった。
――お前が。お前が居るから、こんな事に。
エネルギー体は、どす黒い念話を飛ばし、アミナの髪を片手で掴みあげると、もう片手でその細い首を絞めた。
「バッバ……やめて……」と、アミナは声を振り絞る。
エネルギー体はそんな言葉も聞こえないように、顔をゆがめ、少女の髪の毛を握る手と首を絞める手に力を込める。
――ああ、ああ、お前が呼ばなければ。お前が居なければこんな事には。
三秒後、意識が遠のく。そう察したアミナは、強く目を開くと、握っていたナイフに――恐らく神気と呼ばれる――何等かの力を込め、老婆の霊体の額を貫いた。
エネルギー体は、周りの大気に溶けるように形を失い、空中に浮いていたアミナは、身体をひねって足裏から着地した。
「バッバ……」と、アミナは消えていくエネルギー体を見て呟いた。宙に残されたナイフが、ポトリと地面に落ちる。
アミナはナイフを拾い上げ、サブターナを睨み、「精霊になった者を、彼等の世界から引き離して来たのか?!」と、怒った。
アミナの喉には、絞められたときの痣が赤く残っている。
サブターナの望んでいた友情は、得られなかった。




