籠の中の子供達2
時々、エムツーとサブターナは「お祭り」を観に行った。打楽器の陽気な音がして、人間達の踊り手が飛んだり跳ねたりして、とても賑やかだ。
それは、主に何処かの広場で行われることが多かった。
そのお祭りの時、エムツー達は怖い人に遭遇したことがある。
明るく晴れた空の下で、焚火を囲んでお祭りをしていたのに、真っ白い光が飛んできて、魔神達を地面の底に追いやってしまったのだ。
その途端、辺りが真っ暗になり、「目の力」を使って辺りを見回すと、虚ろな洞窟が何処までも続いている、変な空間になってしまっていた。
恐らくみんなを何処かに吹き飛ばした、朱い瞳を持った白い人影を思い出すと、エムツーとサブターナは今でも鳥肌が立つ。
リーガとエルマの働きにより、無事に家に帰れた双子は、いつの間にか検査場で身体検査を受けていた。
目を覚ますと、教師役の魔神が心配そうに二人を見守っていた。エムツーとサブターナは重度の疲労状態に陥っていて、医術の知識がある者から、絶対の安静を求められたのだと説明された。
サブターナには、秘密があった。森の散歩をしている時、エムツーが勝手に造り替えた木に登って遊んでいる間、暇だった彼女は一人で森を散策したのだ。
すると、森の中に、人が耕したらしい地形を見つけた。森の一部が焼き払われており、灰の多くなった肥沃な土に、畝を起こしてある。
「誰?!」と、聞いたことの無い鋭い声が飛んで来た。声の主は、サブターナよりちょっとだけ年齢が上に見える、髪の長い日に焼けた女の子だった。女の子は、毛皮の腰巻と動物の骨で作ったビーズのネックレスを身につけていて、靴は履いていなかった。
「あ。ええっと……私は、サブターナ」と、サブターナは答えた。そして聞き返す。「あなたの名前は?」
「アミナ」と、女の子は怖い顔のまま返事をする。「此処は私の畑だよ。すぐに出て行って」
「う、うん。ごめんなさい」と言って、サブターナは、すぐにその不思議な畑から撤退した。
それから、サブターナは時々、アミナの畑の近くに行くようになった。こっそりと畑を見回し、木立の陰から「目の力」を使って、アミナが一生懸命畑仕事をしているのを覗き見た。
草をむしったり、畝を手で整えたり、モグラ穴を潰したり。
サブターナが観察を始めると、アミナは気配に気づいたように辺りを見回した。しかし、完全に木々に隠れているサブターナを見つけられないでいる。
最初のうちは、アミナは気配に気づくと用心し、木の枝に掛けていた上着を着こんで、何処かに帰ってしまった。
しかし、何度もサブターナが覗きに来ているうちに、気配に慣れたらしい。姿の見えない者の不思議な視線を、無害なものだと判断したアミナは、段々自然に振舞うようになった。
ある時は、ウィスキーをポケットにしまっておくための銀色のボトルを上着から取り出し、中身を一口飲んでからキャップをし、元通りに上着の中に戻した。
アミナの口元は透明な水分で潤っており、お酒の匂いはしない。どうやら、瓶の形状はウィスキー入れだが、普通の水を入れて水筒にしているようだ。
またある時は、アミナは畑仕事の途中で、時々畑の周りに罠を仕掛けた。その罠にかかった、兎や蛇や鼬等は、アミナの夕食になった。
森の中の乾いている木々と枯葉を集めて、マッチで火をつけて比較的太い枯れ枝を焼き、焚火を作ると、捕まえたばかりの動物の頭を小さなナイフで切り取って、胴体を木の枝の串に刺し、火で炙り始めるのだ。
それを見て、サブターナは、アミナをちょっと気味が悪いと思った。だけど、生き物のそのままの姿を残した肉を、美味しそうに食べるアミナを見ていると、不思議と気味悪さは消えてしまった。
アミナにとって、動物の丸焼きは普通の食事なのだ。
サブターナだって、世界の事を勉強していないわけではない。長い歴史の中で、人間が他の動物の丸焼きを食べていたことがあるのは、知っている。
ある日、いつも通り覗き見に来たサブターナの視線に気づき、アミナはこんな想像を働かせた。
「分かった。あんたは、帰る所がない子供の精霊なんだ。そうだろ?」と、サブターナが居る場所とは、全然別の方角を見回しながら、話しかける。「それで、私が働いてるのが珍しいんだ。見ているのは良いけど、私の作物を枯らしたりしないでおくれよ?」
その時から、サブターナはアミナの畑を時々見に来る「精霊」として振舞った。
何日も、降水がない日々が続くと、アミナは何処かの川か泉から、大きな桶に水をためて持って来て、耕している地面に、手で一生懸命水を撒いた。そして、作物が日に焼けてしまわないように、地面から引き千切って乾かしてあった干し草を、水をかけた畝にかぶせてから家に帰るのだ。
そんなことが数回あった時は、サブターナはこっそりと術で小雨を降らせた。水汲みから帰って来てから、霧雨が降って来るのに気付いたアミナは、手を空にかざして「精霊よ!」と言って跪くと、両手を胸の前で忙しく動かした。
その様子は、何かの指文字で、天空の誰かと話しているように見えた。
やがて、収穫の時が来た。蔓の伸びた地面の中から、動物の骨の鍬を使って、アミナはたくさんの芋を掘り出した。赤紫色の、根が太ってできる型の芋だった。
その他に、緑色の柔らかそうな葉っぱを採取し、幾つも枝分かれしたオレンジ色の根野菜も掘り出した。
その仕事の時、やはり作物を荒しに来ていた、鹿の一種が罠にかかってるのを見つけて、アミナは顔を輝かせた。せめてもの抵抗をしようと、角で突こうとする鹿の角を掴んで、その首をねじるように仰向かせると、動脈の通ってる場所を見定め、ナイフの一突きで血管を切り裂いた。
鹿が出血の影響で動かなくなるのを待ってから、アミナは念のために鹿の後ろ首をもう一度差し、もう動かないことを確認した。
それから、ナイフで毛皮と肉を捌いて、骨の継ぎ目を切り取り、いつもより大きい焚火を作って、蹄と骨と肉だけになった鹿の後脚を焼き始めた。




