籠の中の子供達1
かごめ、かごめ、かごのなかのとりは。
そう歌う少女の声が、細く夕暮れの森の中に響いている。
いついつ、でやる、よあけのばんに。
その少女は、その言葉の意味は分からなかった。唯、静かな旋律と、不思議な響きを残す言葉が好きだった。
つるとかめがすべった。うしろのしょうめんだぁれ。
それが、異国での子供の遊戯の時に唱えられる小唄であることは、知っている。
「後ろの正面」、つまり真後ろに居るのは誰なのかを、当てる遊戯での言葉なのだ。
旋律が終わってから、少女はすっと細く息を吸って、森の外を緋色に染めていく夕陽を、光を返す瞳で見つめ返した。
「サブターナ」と、勉強が終わったエムツーが、唯一の人間の相棒である女の子に声をかける。「散歩の時間になったら、リーガとエルマも連れて行こう。あの二人も、少しは外の空気を吸わなきゃ」
「動物は匹って数えるんだよ?」と、サブターナと呼ばれた少女は答える。「まぁ、あの子達を連れて行くのは反対しないけど」
「じゃぁ、決まり」と言って、男の子は手にしていた本を棚に戻し、先に外に出かけるための着替えを始めた。部屋着から、シャツとサスペンダー付きのズボンと、靴下を身に着け、靴を履く。
サブターナも、本とノートブックを戻し、寝間着のような服からワンピースに着替えて、靴下と靴を身に着けた。
「先生」と、緋色の瞳の双子は屋敷の中にいる教師に声をかける。二人が外に出かけるには、教師役の魔神から「検査場」に連れて行ってもらう必要がある。
「散歩の前の身体検査を」と、サブターナはいつものお願いをした。「今日は、リーガとエルマも連れて行きます」
「分かったわ。こっちへ」と言って、半人半獣の魔神は双子を奥の間に招いた。
真っ暗な部屋の寝台に横たわり、額や腕や首筋の皮膚にクリームを塗られて、吸盤を取り付けられ、口の脇に、フックのような形をしたチューブが引っかけられる。
「ゆっくり息をして」と、教師の声が静かに聞こえる。「目を閉じて、呼吸を楽にして。少しずつ眠くなる。眠く、眠く……」
その声が聞こえないくらい意識が遠のいてから、「さぁ、起きて」と声をかけられた。
この合図が聞こえたら、自分達でチューブを外し、吸盤を剥がして良い。皮膚に残ったクリームは、寝台の枕元にあるハンカチで拭う。
「検査の結果は?」と、エムツーが聞いた。
「良好よ」と、教師役の魔神が言う。「リーガとエルマは、もう外で待ってますからね」
「ありがとうございます。行ってきます」と、二人は挨拶をして、玄関のほうに向かった。
自分達と同じくらいの背丈に育った蜥蜴と猫にリードをつけ、エムツーとサブターナは、ペットの様子を不思議に思う事も無く歩く。
リーガもエルマも、最初は飼い主の手のひらに乗るくらいの大きさだったが、エムツーとサブターナがそう望んだように、今は飼い主達と同等の相棒としての体格と知能を持っている。
「リーガ。それ、おやつじゃないよ。変なの食べるとお腹壊すよ」と、エムツーはペットの蜥蜴が立ち止まって、空中に集まっている蚊を狙ってるのを見て言う。リードを引っ張って、蚊柱から蜥蜴を引き離した。
「飛んでるのを食べるのは、蜥蜴の習性なんじゃない?」と、サブターナは疑問を口にする。
「あんなの食べさせたくない」と、エムツー。「猫は良いよな。食べるものが分かってるし」
「それ、リーガに失礼だよ」と、サブターナは言って、エムツーの隣でしょんぼりしている蜥蜴の背中を撫でる。「でも、リーガ。蚊は怖い病気を持ってることがあるから、食べちゃダメなのは確かだよ」
そう声をかけると、蜥蜴は理解したと言う風に顔を引き締める。
エルマも、リーガが怒られたのが分かるのか、宥めるために蜥蜴の頭を舐めてあげている。そんなエルマの体の骨格は、変な所で折れていて、普通の猫より関節が多い。
ペット同士の仲が良い事を、サブターナは喜んだ。エルマの喉元を掻いて、首筋を撫で、「さぁ、立ち止まってないで、歩かなきゃ」と声をかけて、歩を進めた。
三十分間の散歩を終えて、程よく体の温まったエムツーとサブターナの耳に、森の上で響く雨の音が聞こえた。
木々の梢は分厚いので、そんなに簡単にずぶぬれになるわけではないが、ある程度の雨が降れば木々を伝って地面に水が流れ、足元が悪くなる。
「今日はもう帰ろうか」と言い合って、二人と二匹は森の中の「おうちの入り口」に戻って行った。
何処から見ても木々が茂っているだけで、家屋そのものは見えないのだが、その暗い入り口を入って行くと「検査場」に出る。そこで、再び「運動後の身体検査」を受けてから、家の中に戻るのだ。
その日のサブターナは、何となく頭の中で歌を歌っていた。時々思い出す、籠の中の鳥の歌だ。
彼女の意識を探る時、その言葉を聞いて教師は表情をこわばらせた。その歌の記憶を消去することも考えたが、七歳の少女は分からなくなったことを、思い出そうとするかもしれない。
思い出した時に、自分が都合の悪い記憶を消されていたと気づいてしまったら、今まで時間をかけて築いてきた信頼関係が揺らぐ。
教師は人間のように呼吸を正すと、記憶には何も関与しないまま、いつも通りに双子に「屋敷の夢」を見せた。
うしろのしょうめんだぁれ。
少女は眠りながら、頭の中で反響するその言葉を、ずっと繰り返した。自分達の背後にいる者が、何者なのかをぼんやりと感じ取りながら。




