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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第四章~女神の矢の射る先に~
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24.ドラコニットに愛を込め

「ゲオルギオス協会の場所? なんだい。素材の持ち込みなら、そこらの細工屋や装束屋で間に合うのに」

 酒場の女将はそう言う。

「ちょっとした、貴重なものを手に入れたの」と、ロゼを飲んでいる旅の女の子は返す。

 なめし革で作った丈夫なフード付きのマントを目深に被って、リュックサックを担ぎ、箒を持っている変わった子だ。「細工屋や装束屋に売っちゃったら、もったいない物をね」

「へー。どんなもの?」と、女将は客達のどら声の中で、旅の女の子に囁く。

「ドラコニット」と、女の子は囁き返した。「色は黒。脈打ってたから、絶対に間違いない」

 女将は目を丸くし、「お嬢さんが、ドラゴン狩りを?」と、呆気にとられたように言う。

「ううん。私は、唯のお掃除屋さん。道端で死んでる浮浪者が居るって言うから、そのお掃除をしたの。そしたら、その死人が、大事そうに抱え込んでたってわけ」

 そう言って、女の子は革のマントのポケットに手を突っ込む。深いポケットから物を探り出して、握りしめた其れを、指の間からちらりと女将に見せた。

 ツルツルとした宝石のようなのに真っ黒で、女の子の手の中で不気味に脈打っている。

「気味が悪い。隠して、隠して」と、女将は辺りにちらちら目配せをし、慌てていた。「理由は分ったよ。そうだね……。ゲオルギオス協会に直接かけ合いたいんだったら、ニシンのギルドに行ってみな。何時も飲んだくれてる、無精ひげの爺さんが居るはずだ。あんたみたいに、マントのフードで顔を隠した爺さんだ。その爺さんに酒をおごって。爺さんが『猫の抜け道』を教えてくれるって言ったら、付いて行くんだよ。それ以外の道を選んじゃならない」

 その言葉を聞いて、顔を見せない女の子はニヤリと笑んだ。吸血鬼の牙ように飛び出た、八重歯が目立つ歯列を見せて。


 女の子が酒場を後にするのを、付けて行く者達がいる。どうやら、彼女の持っているお宝を奪おうとしているらしい。彼等の手には、錆びた剣や使い古した槍がある。

 女の子は、真っ直ぐニシンのギルドに行くことは無く、途中で服屋に入った。お宝を手に入れたので、ショッピングを楽しもうとしているようだと、不審者達は思った。

 しばらく待つことにしたが、その女の子は、いつまで経っても店から出て来なかった。


 少し通常の状態とは違うが、霊体であると言う事はとても便利だとアンは思う。買った服に着替えを済ませ、皮のマント以外は店で処分してもらって、表口でも裏口でもなく、二階の窓から箒に乗って店を去った。

 普通の人が、服屋の二階の窓から箒で飛んで行ったら、泥棒かと思われるだろうが、霊体である利点として、意図した時に姿を消せるのだ。

 店の出口の前でパッと姿を消し、普通に階段を上がって二階に行くと、空いた窓から外へ飛んだ。

 二階から逃げたのは、追手の中に魔力を持った者がいると、いくら姿を消していても見破られることがあるからだ。入り口と裏口を、じっと見守っているのだったら、二階の窓は見ていないだろうと目星をつけたが、確かに誰にも気づかれなかった。

 さて、ニシンのギルドって何処だろうと思いながら、小じゃれた黒いドレスを着たアンは、白いヒラヒラのアンダースカートをなびかせ、町の地図の描かれている広場に降り立った。


 ニシンのギルドは、一見して、焼き魚専門の料理屋さんに見えた。建物の近くに行くと、窓から、塩をかけた魚を焼いている、香ばしいにおいがする。

 しかし、看板には「ニシンのギルド」と彫られているので、たぶんあってるだろうと思って扉を押し、中に入った。

「いらっしゃーい!」と野太い声が店内から響く。各所にある受付には紹介人、その奥では魚のケバブを焼いている人が居る。

「ニシンの丸焼きは三ルビー。鮭のケバブは六ルビー」と、料理人は売り文句を喋っている。

 幾つかの受付で仕事の交渉をしている人々の他に、椅子にも座らないで、串焼きの焼き魚を買って食べている者達もいる。

 マントを被っている飲んだくれの爺さんを探すと、壁際にうずくまっていた。胸に安いジンのボトルを持っているが、中身は空っぽだ。

 アンは、リュックサックの中から、酒場で買った一級品の蒸留酒の瓶を取り出すと、その爺さんに差し出し、「ゲオルギオス協会に行きたい」と申し出た。

 爺さんはアンの手から瓶をひったくり、甘い蒸留酒を一口飲んで、べろりと唇を舐める。「ロバ、猫、獅子、蛇。どの抜け道が良い?」と言うので、アンは「猫の抜け道」と答えた。

 背の曲がった老人はのそりと膝を立て、蒸留酒の瓶を抱きかかえて歩き出した。「付いて来な」

 アンは、情報が正しいと良いなぁと、酒場の女将さんを思い出して祈っていた。


 爺さんについて行った先は、本当の猫しか通れないような、地面に開いた煉瓦の割れ目だった。

「魔女なら、入り方は分かるだろ? じゃぁな」と残して、目利きの爺さんは帰って行った。

 アンは、片手に魔力を燈して、指先で「猫の抜け道」の縁に触れてみた。魔力が読み取られ、入り口が巨大化……いや、アンの体が、荷物や衣服ごと縮小される。

 裸になっちゃわなくて良かったと安心し、アンは煉瓦塀の奥の獣道に足を踏み入れた。

 高い草がトンネル状になっている獣道の中は、日差しが透けてとても明るい。アンはその道の途中で、再び革のマントを衣服の上から着ると、フードで顔を隠した。

 一応、人間社会で「悪行(あくぎょう)」とされる企みを実行しに行くので、素性を明かしはしない。

 誰かを密教の信者にする人達は、ちゃんと顔を出しているが、あれは相手を信用させ「説き伏せる」からなのだろう。暗示と魔力で密教の信者になってもらうのだから、顔は隠すに越したことは無い。ついでに、これから渡す「ドラコニット」は、魔力で作った類似品だと言う事もある。目利きに程、本物に見えるように細工をした。


 この後、ドラゴン関係の商品は、一律で総値上げをすることになる。ゲオルギオス協会の会長が、突然そう決定したのだ。これからはドラゴンの希少価値を認めて、「この美しい生き物」の新たな捕獲は禁じると言い出した。

 この後、ゲオルギオス協会の活動は、「中古ドラゴン製品の買取と再利用販売」になる事になる。

 協会の者達は会長を説き伏せようとしたが、会長は手の中で、大粒の黒いドラコニットを撫でながら、決して自分の提案を撤回はしなかった。

 その「美しい思想」には次々に信者が増え、ゲオルギオス協会はやがて「再利用ドラゴン製品の販売費によるドラゴンと言う種の保護活動」を始めるようになる。

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