18.ばとる・うぃず・ちるどれん
エムツーとサブターナは、「急にみんなを吹き飛ばした怖いお兄ちゃん」を、落盤を間に挟んで睨みつけた。出来るだけ、怯えているとは悟られたくなかった。
強烈な光を伴うエネルギーが、このお兄ちゃんの居た方向から飛んできて、みんなを扉の向こうに追いやってしまった。
祭りの会場は一気に静まり返り、一緒に跳ねたり叫んだりして祭りを楽しんでいたお友達も、急に元気が無くなって、ぐんにゃりしている。
さっきまで、明るい広場の様子を見せていた環境も、「目の力」を使わないと見通せない、へんてこりんな、通り道の多い洞窟になってしまった。
このお兄ちゃんが、全部の悪い原因なんだ、みんなを元通りにするにはこのお兄ちゃんの術を解かなきゃならないと分かっていたが、怖いものは怖い。
「貴方は、何をしに来たの?」と、サブターナは勇気を出して呼びかけた。
「え……と。邪気を封じに」と、白い霊体のような青年は答えた。「君達は誰?」
「お前こそ、誰だ?!」と、エムツーも声を張る。「みんなを酷い目に遭わせて!」
「エムツー」と、サブターナは双子に言う。「そんな言い方じゃダメだよ」
「だって、だって……」と、エムツーは怖いのと怒りたいので、半べそをかいている。
サブターナは、エムツーの手を引いて自分の後ろに隠し、「今すぐ、術を解いて、此処から出て行って」と敵に命じる。
「術は……解けない」と、青年は言葉を選びながら言う。「術を解いたら、邪気が出て来ちゃうから。そしたら、此処にいる人達も、外に居る人達も、危険なんだ」
「『向こう側』のエネルギーを嫌うのね」と、サブターナは気づいた。「貴方は、『エデン』の敵だわ。私達は、『エデン』の代表として、貴方を排除する」
「サブターナ」と、今度はエムツーが止めた。「駄目だよ。殺されちゃうよ」
「エムツー? こんな時のために、勉強してきたんでしょ?」と、サブターナは兄弟を励ます。「泣いてる場合じゃないんだよ」
「泣いてないよ!」と言い返して、目元を袖でグイッと拭うと、エムツーもサブターナの横に立って胸を張り、青年の姿をした神気体を指さして地団太を踏む。「お前、許さないからな!」
そう宣言してから、しばらく間があった。双子が顔を見合わせ、ふーっと息を吐き、「せーの」と声を合わせるまでの間が。
なんだかよく分からないけど、七歳くらいの子供達と戦わなきゃならないのかな?
ガルムがそう思っていると、金属を鳴らすような音がして、双子の姿が消えた。
視覚で追う前に、魔力察知で、双子が左右からエネルギー波を送ってくるのが分かった。砲弾のような魔力が放たれようとしている。
ガルムとアンナイトは、瞬間的に神気体の位置を変えた。
砲弾並みのエネルギー弾は、さっきまで神気体の居た位置でぶつかって相殺される。
「あ! ずるい!」と、エムツーが怒鳴る。「何か分かんない力使った!」
「エムツー。敵なんだから、ずるい事もするよ」と、サブターナ。「正々堂々なんて、敵には通じないんだから!」
なんか、悪者にされているし、すごく罵られているなぁと思いながら、ガルムは自分を追いかけ回す双子の攻撃を避け続けた。
ちびっこに追い回されても、ガルムは反撃……と言えるほどの事も出来ない。攻撃を跳ね返したり、防御したりするのは、下の階層に倒れている人間を守る時だけにして、後は徹底的に避けて避けて避け続けた。
「何こいつ!」と、息を荒げてぜーぜー言いながら、サブターナは文句を言う。「全然攻撃してこない!」
「卑怯だぞ! 僕達ばっかりに攻撃させて!」と、エムツーもよく分からない文句を言う。「相手が撃って来たら、そっちも撃ち返すもんだぞ!」と。
「そう言われても、君達に怪我させるわけにいかないし」とガルムが言うと、サブターナとエムツーは顔を真っ赤にして口を膨らませた。
いかにも、自分達は怒っているんだぞ、この怒りを理解しろとばかりに、サブターナは髪の毛をぐちゃぐちゃに掻きまわし、エムツーは拳を握った両腕をバタバタさせて地団太を踏む。
「あー! もう! 腹立つー!」と、サブターナは怒りをぶちまける。「子供だと思って、見くびってるんでしょ! 私達はね、ちゃんとした、人類の……」
そこまで言いかけたサブターナの口を、エムツーは手でふさぎ、こそこそ囁いた。「それ秘密の事だよ。言うと、先生に怒られるよ」と。
サブターナは、今度は恥ずかしさで顔を真っ赤にして、口をふさがれたままコクコク頷く。
再び、双子が深呼吸して、顔をシャキッとさせるまでの間があった。
その間に、ガルムは気づいた。怪我をさせないように、眠らせれば良いんだと。
エムツーとサブターナは、どっちが先に台詞を言うか迷った。しばらく顔を見合わせた後で、「いいか、お前!」と言って、エムツーがガルムの神気体を指さした。
その瞬間、神気体は双子の背後に瞬間移動し、鎮静の術を放つ。
双子は術に抗う様子もなく、スンッと眠りに落ちた。ガルムは、その二人の子供が倒れないうちに、両脇に抱き抱える。
「どうしよう、この子達。他の救助者と一緒に運ぼうか」と、ガルムが提案すると、「警告。高圧の神気が接近中」と、アンナイト。
魔力察知を使うより先に、目の前に一匹の蜥蜴、後方に一匹の猫が現れる。どちらも、人間の身の丈ほどの大きさがあり、元の生物としての原形を残したまま、邪気による変形を起こした姿をしている。
ガルムは、子供二人を抱えて、身動きがとりずらかったのもある。何より急に変な生き物が出てきて、びっくりした。
蜥蜴が神気体を突き飛ばして、エムツーと呼ばれていた少年を奪い、バランスを崩した所で、猫がサブターナと呼ばれていた少女をさらって行った。
眠ったままの子供達を連れて、二匹の変な生き物は、物凄い勢いで坑道の何処かに逃げて行ってしまった。その一連の動きの素早さに、ガルムはポカーンとしている。
「操縦者の思考が停止中。早急な回復を求める」と、アンナイトが冷静に文句を言ってくる。
「あ。ごめん」と、ガルムは言って、頭を掻いた。「いやー、すごい勢いで逃げられるって、感心しちゃうもんだね」
そう言って首を傾げてから、「それじゃぁ、救助者を回収しよう」と、本来の仕事を再開した。




