15.不名誉な勲章
試験運転を繰り返すうちに、ガルムはアンナイトが非常におしゃべりな奴であると知った。
エネルギー照射が行われている場所について、詳細に教えてくる。それは、パイロットの安全を守る意味もあるだろう。が、それ以上に仕事に不必要と思われる所まで細かくしゃべる。
現地の気温、天候、風の方向、湿度、大気中の状態、地面の状態、雷は発生しそうかどうか、それ等を踏まえて操縦士であるガルムは、現地の状況にどのような感想を持つか、と言った風に。
アンナイトが魔獣に近いものであるとするなら、たぶん、人間って言うものが何を考えているかに興味があるんだろう。
ガルムはそう考えて、なるべくアンナイトのおしゃべりに付き合った。
ガルム本人は、エネルギー照射を行なった場所で、自分とアンナイトの外見がどう見えているかは分からない。であるが、視界に手足らしきものが見えることがあるので、人間の姿をしているんだろうと察していた。
まさか、真っ裸と言う事はないよな……と思って、アンナイトに確認してみた。
「エネルギー照射されている場所では、俺達はどんな姿で見えてるんだ?」と、そのままの疑問を。
「エネルギー照射地点での、本機とガルム・セリスティアの第三者的視点」と、アンナイトは言い、ガルムのつけているゴーグルの中にその映像を映し出す。
真っ白な人間の形をしたエネルギー体として現わされたガルムの姿は、背に翼のように見える腕を持ち、白い衣のような衣服を身に付けていた。
恐らく、人間部分はガルムの姿を模していて、翼の部分がアンナイトの存在を現しているのだろう。
しかし、衣と言っても、一枚の布を折りたたんで首を出す所を作り、腰を帯状の布で止めているワンピース姿だ。普通の人間だったら、歩いているうちに着崩れしてしまいそうな気がする。
「まぁ……。真っ裸よりマシか」と、ガルムが言うと、「古の衣は気に入らないのか?」と、アンナイトから聞かれた。
「出来たら、もうちょっと、露出が少なくなる、服のほうが、良いかなー?」と、考え考え答えると、アンナイトは照射先のエネルギーの形を変えた。
衣服に袖が付き、スリット状になっていた裾が縫われ、ゆったりした袴のような下履きを身に着けている。
「うん。そのくらい」と、ガルムは言う。
「新規形状反映までに、十二時間必要」と、アンナイトが言うので、ガルムは「マジか」と呟いた。それを聞いたアンナイトからは、「本機は、真面目と言う状態である」と返してくる。
ああ、マジの語源って「真面目」なのか、と、ガルムは一つ賢くなった。
居室に戻ると、ノックスが帰って来ていた。
「よぉ」と声をかけて来るノックスの左頬には、大きなガーゼが医療用テープで貼り付けられていた。ノックスはそれを指さして、「しくじった」と言う。
「擦り傷? 切り傷?」と、ガルムが聞くと、「切り傷かな」と、ノックスは答えて経緯を話し始めた。
今回の偵察場所には、予め魔獣が住んでいる事が確認されていた。ノックス達は、その生態を調べて帰還する予定だった。
断崖絶壁に守られた廃墟の中では、目が八つある蜘蛛のような、人より体の大きい魔獣が、わさわさと住んでいた。
彼等は彼等同士の意思の交換方法があるらしく、音は聞こえないが何らかの方法で「会話」をしていると察された。
その他に、獲物を食べる場所や排泄場所、ゴミを捨てる場所や眠る場所などを分けて衛生状態を守ったり、蜘蛛の糸を操って文字のようなものを書いたりもする。
「魔獣にしては、結構頭の良い奴等っぽいんだけど、気性も魔獣並みだった」
ノックスはそう述べてから続ける。
廃墟の天井近くに身を隠しながら魔獣を観察しているうちに、一人が足場を誤って、魔獣の群れの中に転落した。
いつもだったらへまをした奴は、他の隊員が逃げるための時間稼ぎに使われるのだが、なんとも不幸なことに、その足場を誤った奴は記録装置を担いでいたのだ。
何としてでも、記録装置は回収する必要がある。
空中から降って来た餌を、魔獣達は美味しそうに食べた。具体的に表すと、牙を突き立てて溶解液を発し、屍が溶けて消えるまで肉汁を啜っていた。
肉を食べるのに邪魔な記録装置は、犠牲者の体から外されて、何故か、そっと丁寧に部屋の隅に置かれた。
ノックスと数名の偵察員達は、フックを付けたロープを下ろし、記録装置のベルトに引っ掛けて装置を宙づりにして回収した。
充分記録も録れているようだったので、今回は引き上げと言う事になった。全員がロッククライミングのように、ボロボロの外壁を屋根のほうに移動し始めた。
所々朽ちている屋根から、周りの崖に伸びるロープが幾つか張ってあり、それにつかまって移動してきたので、帰り道もそのロープを使う事になっていたのだ。
その気配に気づいたのか、ある八目蜘蛛が、糸を放ちながら天井に近い側面まで飛んで来た。
「蜘蛛がジャンプするとかあり? って思ったけど、実際跳んでこられたから、ありなんだろうな」
そう言いながら、ノックスはベッドに腰を掛けたまま、上体をクッションに預ける。
「それで、奴等の動きが予想外だった俺は、爪で頬っぺた裂かれたわけね。傷が残ったら不名誉な勲章だわ」
ノックスはそこで話を切ろうとするので、ガルムは突っ込んで聞いてみた。
「なんか隠して無い?」と。
「なーんにも隠して無い」と、ノックス。
「いや、その反応は隠してるだろ」と、追求すると、「根掘り葉掘り聞いても何も出ないって」と、ノックスは言い渋る。
「なんにもないのに、治癒が効かないほどの重傷って、負う? お前が? そっちの方が信じられない」とガルムが茶化すと、ノックスは当てつけのように溜息を吐いてから、「もう一人、落ちた奴が居たんだ」と、ぶっきらぼうに言い出した。
「記録装置とか、通信機とか、全然価値のある機材は持ってない奴だったんだけど、何か放っておけなくてさ……。まぁ、そん時に、ザクっと抉られたわけ」
「ふーん。人助けしたんだ」と、ガルムはうっすらニヤついている。「それで、隊長からは?」
「『莫迦かお前は』だけだよ」と、ノックスは言うと、靴を脱ぎ、ブランケットの中に潜り込む。傷の無いほうの頬を下にして枕に首を置いた。
「だろうな」と言って、ガルムは意地悪な笑みをわずかに浮かべたまま、「マリン・ナーサリーには祈った?」と聞いた。
「祈って無い」と、やはりぶっきらぼうな答えが返ってきた。




