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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第四章~女神の矢の射る先に~
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14.もう一つの現場

 古い鉱山の跡地での事。ウルフアイ清掃局の者達が、術を仕込んだ得物を携えながら、辺りを警戒している。

 地下へ延びる坑道の入り口を、ジープの窓から見て、ナズナは思わず手の甲で鼻を隠した。そんな事をしても、邪気と腐臭は分かってしまうが。

 術師達の目に黒い煙として見えている悪しき魔力――邪気――は、坑道の中で火事でも起こっているように、もうもうと舞い上がって来る。

「この状態が、三ケ月前から?」と、ナズナは同僚に問いただした。

「ああ。この辺りが鉱山じゃ無ければ、生物の変形(へんぎょう)も起こってたかもな」と、運転手は返事をしながら、再びジープを走らせた。

 助手席のナズナは、ボディバッグの中から金属片のようなものを取り出した。そこには何処かの国の言葉で神を表す記号が描かれている。ナズナはそれに魔力を込めた。

 そして、手漕ぎのノブ式の窓を開けたまま、ジープが踏んでしまわない場所に金属片を放り投げる。

「まず、一枚目」と言って、ナズナは金属片を投げた場所に小さな結界を起動した。


 岩と土の広がる、でこぼこの地面をジープは疾走する。小さな丘のような山を一周しようとしているのだ。その間、ナズナは所定の位置に一枚ずつ、金属片を投げた。

 五ヶ所目までは、何事もなく術の準備が出来た。しかし、六ヶ所目を通った時、ナズナの耳に打楽器を鳴らしているような音楽が聞こえた気がした。

 ナズナは直感的に危機を悟り、金属片を投げると窓を閉めた。

「どうした?」と、運転手が聞いてくる。

「いや……。それは聞かないほうが良い」と、ナズナは言う。

 運転手は、「そうか……」と呟いて、口を閉ざした。言葉にしてしまった途端、起動の完了する呪いと言うものがある事を、知っていたからだ。


 音楽が聞こえる範囲を通り抜け、ようやくナズナは窓を開けた。そして、七つ目の金属片を地面に投げる。八ヶ所目を目指していると、後方の空から追ってくる者があった。

 蝙蝠のような形をした、無数の邪霊。黒い帯のように飛びながら、ナズナ達の後を付け、追いつこうとしている。

「トリス!」と、ナズナは運転手に呼びかけた。

「分かってる!」と、運転手も応え、蝙蝠の追跡を逃れようと、蛇行運転を始める。

 八ヶ所目は目の前だが、蝙蝠達は見逃してくれそうにない。

「合図したら、一気に左に曲がって」と、ナズナは呼びかけ、窓から腕を出した。金属片は、地面に着地し、結界を起動させる。「今!」と、ナズナの声が飛ぶ。

 ジープは急ハンドルを切り、左向きに二回転ほど旋回して、ブレーキがかかった。

 ナズナは窓から出した片手に魔力を集中しながら、「展開」と唱えた。丘を囲んだ八ヶ所から、傘状のエネルギー流が発生し、鉱山内部の邪気を掻き消す。

「やったか」と、トリスが安心した表情を浮かべたのと、ナズナが「ぎっ」と呻き、苦痛を口の中に留めたのは同時だった。

 窓から出していたナズナの右腕が、肩の付け根から切り落とされている。

 後方から追いつこうとしている蝙蝠のような邪霊が、真空波を飛ばしたのだ。

 安定した魔力の供給が無くなり、浄化途中だった場の中に、黒い煙が混じる。

 邪霊達は、地面に転がったナズナの腕に群らがり、魔力を吸おうと牙を伸ばした。その途端、蝙蝠の体は爆ぜた。

 ジープの後部座席にいたツートンが、転がった腕を傷つけない角度で、術のこもった六連式の拳銃を撃っている。

 蝙蝠達が獲物から散って行く。ツートンはジープから飛び降りて、ナズナの腕を取り戻した。

 助手席のドアを開け、ナズナの肩に状態回復をかける。腕は持ち主の元に戻り、傷は治癒した。

 ナズナは傷のショックで気を失いかけながら、弱まっていたエネルギー流に追加の魔力を送る。

 バリバリと言う静電気のような音を立て、エネルギーフィールドは消えかけた効力を取り戻した。邪気の治まった坑道に向けて、他の清掃員達が結界を発生させる。測定器の数値が、四桁から一気に一桁台にまで下がる。

 急激な魔力の放出と、神経に残った激痛から、ナズナはゆっくりと意識を失って行った。「後は任せた」と、運転手に辛うじて聞こえる程度の声で言うと、シートベルトに支えられた体から、ぐにゃりと力が抜ける。

「このまま、病院に運ぶ」と、トリスは告げ、ツートンは頷いた。「俺から、他の奴等には伝えておく」と。


 走り去っていくジープを眺める間もなく、後に残ったツートンめがけて、蝙蝠のような邪霊が襲い掛かってくる。

 ツートンは自分の周りを殻で囲むと、「しつこい!」と苦言を呈し、腕に魔力を込めて蝙蝠達を追い払うように振るった。弧を描いた青白い波動が飛んで行き、それに触れた蝙蝠は形を失う。

 ツートンは蝙蝠の群れを切り刻み、撤退に追い込んだ。

「一昨日来やがれ」と言って、へッと鼻を鳴らし、ツートンは坑道の出入り口を見張っているはずの仲間に、事情を説明しに行った。

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