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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第四章~女神の矢の射る先に~
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11.居るべき場所へ

 ローズマリーの庭に戻ってからも、アンちゃんは箒を欲しがりました。

 何処を掃いたか分からない箒を使うのは不衛生なので、自分で作ってみようと言う事になって、カバノキとエニシダを使った、ヒースの枝の箒を作りました。

「うん。本格的」と、アンちゃんは満足していました。

 アンちゃんは、その日からほとんど毎日箒を握っていました。

 魔術ごっこをする時は、描かなければならない陣を暗記して、箒の房で円を描く事で、陣と同じ力を使えるようになりました。

「通信の術は苦手だったんだ」と、アンちゃんは言います。「だけど、地面に降りて円を描く時間があれば使えるんだったら、前より便利だね」

 それを聞いて、アンバーはアンちゃんが、昔の事を思い出しかけていると知りました。

 世界の見方は教えきれなかったな、と思ってると、「アンバー?」と、アンちゃんが声をかけてきます。「どうかした?」

「ううん。なんでもない」と、アンバーは首を横に振って、「アンは、箒を持ってると、落ち着くの?」と聞きました。なんでもない会話のつもりで。

「うん。昔は、ずっと箒を使ってたから」と、アンちゃんは言いました。「本当、ずっとだな……。十歳の時から、ずっと……」

 そう言ったアンちゃんは、眠たげにゆっくりと瞼を閉じ、地面に倒れそうになりました。

 アンバーが咄嗟に支えると、アンちゃんの体は七歳くらいから、二十歳は越えている女性の姿になり、衣服も白い膝丈のワンピースから、黒い踝丈のロングワンピースに変わりました。

 いよいよ、お別れの時が来たんだ、と、アンバーは悟りました。

「アン。アン、しっかりして。起きて……」とアンバーは声をかけ、「重たいよ」と呟きました。

 大人に戻ったアンちゃんは、ゆっくりと瞼を開きました。透き通った青に輝く、透明な瞳を。


 アンバーに連れられてローズマリーの居る居間に行き、アンちゃんは、家主に挨拶をしました。

「子供に戻ってた間、面倒を看てくれてありがとう。本当にお世話になりました」と。

「良いのよ。元は、私が招いたんですもの」と、ローズマリーは謎めいた事を言いましたが、それがどのような招きであったかは教えてくれませんでした。

 ローズマリーは、胸の前で指を組み、少し顔を伏せ、考えるように聞きます。

「また、戦いに行くの?」

「ええ。その必要があるから」

 アンちゃんはそう言ってから、指先でこめかみを搔いて、「私には、朱緋眼(しゅひがん)も複合意識も無くなっちゃったけど……。貴女の占いの結果は、まだ適合する?」と尋ねました。

「そうね。貴女の朱緋眼は消えても、それを受け継いだ者は居るし、複合意識の事は、体に戻ってみればわかるわ」

 ローズマリーの答えを聞いて、アンちゃんは「そうか」と応じました。

 そして、新しく作った箒を握りなおすと、「私は、私の居るべき場所に行く。全部の災難が終わったら、また占いを受けに来るよ。今度はそうだな……『幸せな未来が待っています』って言う結果が聞きたい」と言って、目を笑ませ、八重歯を見せて笑顔を作り、アンちゃんは居間の扉を開けました。「またね、ローズマリー。アンバー」


 アンちゃんの潜った扉が閉まり、足音が遠のいて行く間、ローズマリーとアンバーは、耳を澄ませていました。玄関のドアレバーが、動いて、扉が開いて閉じる音がします。

「行っちゃったね」と、アンバーは手持無沙汰のように後ろ手を組み、心配そうに言いました。「中途半端な事しか知らないままで、大丈夫かな」

「大丈夫よ」と、ローズマリーはアンバーの頭を撫で、宥めます。「もう、見えるくらいになってたから、解釈はどんな風にも付けられるわ」

「もっと、ちゃんと教えたかったなぁ」と、アンバーは口を尖らせます。

「まだ遊び足りなかった?」と、ローズマリーは幼子に言うように穏やかな意地悪意を言います。

「そう言う事じゃないけど」

 そう言ってから、アンバーは自嘲するようにニヤッと笑い、「遊びたかったことは、遊びたかったかも」と言いなおしました。

 ローズマリーは窓に近づくと、アンバーから視線をそらして窓の外を眺め、「私はね、あの子にずっとこの庭の子供でいてほしかった。危険のない場所で、ずっと閉じこもっていてほしかった。でも、それは叶わない事ね」と、囁きました。

「アンは、帰って来るよ」と言って、アンバーは自分の周りに世界の隙間のエネルギーを集めました。空間の捩じれる音が、洞窟の中を吹き抜ける風のように聞こえます。「それに、私も」

 ローズマリーは足早にアンバーに近づき、アンバーの消えかけている体を抱きしめました。

 そして、その耳元で、「あなた達には、何時でも逃げ込める場所がある事を、覚えておいてね」と伝えました。

 アンバーは困ったような、泣きそうな様な、嬉しいような、複雑な表情を浮かべてから、「私達を受け入れてくれてありがとう、ローズマリー。貴女は、何も聞かないで、何も知らないで居て。全部を夢だと思っても良い。それだけが、抵抗する手段」と告げると、ローズマリーの腕を自分の肩から優しく解き、世界の隙間の中に姿を消しました。


 エネルギー流が無くなった部屋の中で、ローズマリーは取り残されたように息を吐きました。

 庭に、ずっと前には見慣れていた、オレンジ色の光が燈っています。

 ローズマリーはガラス窓を開け、「久しぶりね、鬼灯(ほおづき)」と、妖精の名を呼びました。

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