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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第四章~女神の矢の射る先に~
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9.誰のための世界か

 体内の炎症を抑える薬を飲み、サクヤはケホンケホンと咳をします。

 ヤイロが触診計を手につけて、背中から肺の位置を調べると、サクヤの物ではない邪気の気配があります。胸に集中するようにして、濃度五十三程の邪気が蓄積していました。

「横になっていなさい。念のために、ブランケットをもう一枚かけて」

 ヤイロがそう声をかけると、サクヤはベッドを下りようとしました。ブランケットを自分で用意しようとしたのです。

「サクヤ様」と言って、老年の執事は少女をとめ、身に触れないようにベッドに座らせます。「私がご用意いたしますので、ベッドを離れぬように」

「あ……。はい……」と言って、サクヤは恥ずかしそうに肩をすくめました。まだ、お嬢様扱いに慣れていないのです。

 ヤイロはその様子を目を細めて眺めてから、自室へ向かいました。旅に出ていた二年間の間も、耳の利く情報屋や、共同研究をしている仲間達からの情報は集まって来ていました。

 それ等の情報に全部目を通して、情報が重複している時は必要なほうだけとっておき、新しい情報が出て来たものは、同時期の情報と関連付けて、信用できる物だけ残しておきました。

 

 心霊内科にあたる、陰陽学者にサクヤの様子を診せると、邪気罹患による肺炎を起こしていると言われました。

 自分の予想が当たってしまい、ヤイロは学者に「炎症をとめる術の処方」を頼みました。ですが、学者は言います。

「お嬢さんは、何等かの強力な力によって、守られています。よっぽど親和性のある力でない限り、外部からの気の流れは、受け付けないでしょう」

 学者は、術による処方は何も出来ないと言い、出来る限りの最善だと言って、やはり体内の炎症を抑える薬を置いて行きました。

 ヤイロはしばらく考え、二年前より事態が好転していることを願いました。

 そして自室に戻り、執事も知らないタンスの奥の隠し扉を開けました。

 隠し扉の中は、小さな部屋になっていました。ウォークインクローゼットくらいの小さな部屋です。

 床には、気を高めるための五芒星が描かれ、部屋の中央に、魔戯力(まぎりょく)によって精霊を閉じ込めた水晶が、主を待ってぼんやりと光っていました。


 指先に指令を帯びた力を込め、水晶の表面に五つの指を起きます。水晶の中央で燈っていた霊気が、指先のほうに伸びてきて、指令を受け取りました。

 水晶の中央が、一際鮮やかに光り出します。

 その光は足元の五芒星に宿ると、一体の、霊体ともつかないものを呼び出しました。

 それは、黒い髪と茶色の瞳を持った、サクヤそっくりな女の子。彼女の守護幻覚、ササヤでした。


 ヤイロによって呼び出されたササヤは、事情を知って、すぐにサクヤの枕元に駆け付けました。

 サクヤは、薬の影響で深く眠っています。でも、ササヤが近くに来たことは分かったようです。左手を、僅かに持ち上げようとした気配がありました。

「大丈夫よ。眠ってて」

 ササヤはそう優しく呼びかけ、ブランケットに覆われているサクヤの胸の上に手をかざします。

 術としては「治癒」の力を込めたのですが、邪気は根深く、完全に治すことが出来ません。

「邪気を『浄化』しないと、一時しのぎにしかならない」と、ササヤはヤイロに告げました。

「誰か、君の知り合いに、『浄化』の力を持った人は?」と、ヤイロは尋ねました。きっと彼女を知っているだろうと言う確信があったのです。

「居る……けど。まだ、あの子に術を使わせるのは……」と、ササヤは躊躇います。

「何か、不都合があるのかい?」と、ヤイロは穏やかに聞きました。「困ったことがあるなら、言ってみなさい。聞くくらいはできる」

 ヤイロがそう言うので、ササヤは強い浄化の力を持っている子を知っているが、彼女は「世界の見え方」を覚え始めているばかりで、まだうっすらとしたヒントしか与えられていない状態である。今、事を急げば、その子から、学習の機会を奪ってしまう事になると、ヤイロに訴えました。

「だけど、このままじゃ、サクヤの体が持たないのもわかる」と、ササヤは続けます。「こう言うのを、世界の事情と個人の事情って言うんでしょ? まだ、私も、それを天秤にかけて良いか、分かんない」

「分からないなら、信じた事をしなさい」

 ヤイロはそう優しく説きます。

「ササヤ。君は、世界を救いたいと思ってる。それと同じくらい、サクヤを救いたいと思ってる。ササヤ、君にとっては、サクヤを失う事は、世界を失う事だ。そして、私にとって君達二人を失う事は、私の探してきた答えを失う事だ。それから、世界を学んでいる少女にとっても、君を失う事は『道を示す者』を失う事だ。君は頭の良い子だ。此処まで言えば、何を守るべきかは分かったね?」

 ササヤは目を瞬き、深呼吸をして、「私は……私を守る」と言って、サクヤの部屋の壁を覆っていたカーテンの後ろに隠れました。

 ササヤの気配は瞬く間に部屋から消え、少女を包んで丸く膨れたカーテンも、一瞬で襞が戻りました。

 ヤイロは静かに頷いて、「それで良い」と呟きました。


 漆喰の廊下で、アンちゃんはすっかり疲れていました。いつもは、アンバーがローズマリーの庭まで連れて行ってくれるのに、そのアンバーがいつまでたっても戻ってこないからです。

 何か大変なご用事があるみたいだけど、何なんだろう。

 そう思いながら、瞬きをする度に、目の中で「マントルの中の赤ちゃん」は、星の心臓を食べています。星の心臓は唯食べられるだけではなく、傷が出来た箇所は、ある程度の大きさの傷なら自己修復できるようでした。

 ですが、アンちゃんはちょっと気付いていました。最初に赤ちゃんを見つけた時より、赤ちゃんの大きさが大きくなっている気がすると。

 このまま赤ちゃんが大きくなって行ったら、いつか、林檎でも齧るみたいに、星の心臓をカプリと齧ってしまいそうです。

「ゆゆしきじたい」であると、アンちゃんは考えました。

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