7.魔法ごっこ
初夏の日射しが射してくるようになりました。雨上がりの地面は蒸気が湧き立ち、水滴をとめた草や花の葉や花弁はキラキラと輝いています。
アンバーはまだ水っぽい地面を踏んでみて、「もう少し乾いてからだね」と言いました。
アンちゃんも「うん」と答えて、乾かしてある薪と枝束の中から、手で持つに丁度良い木の枝を幾つか選びました。
アンバーのほうに差し出して見せて、二人で、どれが丁度良いかを吟味しています。
窓から見ていたローズマリーが、「今日はどんな遊びをするの?」と聞きました。
「うーんとね」と、アンちゃんが言いかけると、アンバーはアンちゃんの口をふさぎました。そしてローズマリーの方を見て、「魔術ごっこ。成功したら教えるよ」と意地悪そうに言います。
「火事は起こさないでよ?」と、ローズマリーは言ってから、「元素を使う魔術は?」と、幼い二人に聞ききました。
「禁止ー!」と、七歳に見えるアンちゃんと、十二歳に見えるアンバーは、声を揃えました。
しばらく庭が乾いてくるのを待ってから、二人は夫々の「杖」を持って、地面に図形を描きました。
アンちゃんは予定していた図形の他に、お星様や弓型のお月様や、円や三角や四角のラクガキも描きました。アンバーは、少し広い場所で、術の真ん中になる陣を描いて居ます。
「アン。自分の描いた陣に入って。描いた所、踏まないように」と、アンバーは言います。
「はーい」と言って、アンちゃんは自分が描いた陣に入りました。大きさの違う円を二重にして、その間に不思議な文字を描いた陣でした。
アンバーは自分が描いていた、アンちゃんの物より複雑な陣の中で、杖を横に構えて、地面に魔力を送りました。
そうすると、アンちゃんの書いた陣と、アンバーの書いた陣の両方に、円柱状の光が燈りました。
アンバーは自分の口を片手で押さえて、すごく小さい声で「アン。聞こえる?」と聞いてきます。アンちゃんは、目を瞬いて何度も頷きました。
「今日の朝食は何を食べた?」と、アンバーは聞いてきました。
「クルミパンと……」と、アンちゃんは普通に答えてから、自分も口を押えて、すごく小さい声で言いなおしました。「クルミパンと、スクランブルエッグと、ミルクと、サラダ」
「お利口さん」と、アンバーの方から声が返ってきます。だけど、アンバーはもう口を押さえていませんでした。それどころか、唇が一切動いて居ません。
「それ、どうやるの?」と、アンちゃんは思わず口から手を離して言いました。
「思ってみて。私に通じるはずだと思いながら」と、アンバーは口を動かさずに言います。
アンちゃんは少し考えてから、片方が湿っぽい土で汚れている杖を自分の足元に立てかけて、両手で口を押えて、「聞こえる?」と思いました。
アンバーは少し首を傾げ、耳に片手を当ててみせます。
どうやら届いてないみたいだぞと思って、アンちゃんは一生懸命考えました。面白い事を伝えたいなら伝わるかも知れないと思って、「ねこねこにゃんにゃん」と、頭の中で呟きました。
アンバーは、ちょっと気付いたみたいに、目を大きく開いて、更に耳を寄せてきました。
「いぬいぬわんわん」と、アンちゃんは頭の中で続けました。「らいおんがおがお。おさるはききー。しまうまひひん。おきつねここん。ここんこんここんこん」
頭の中でこんこん言い続けると、リズムが付いて来てなんだか楽しくなりました。だけど、「こんこんここん」なのか、「こんここんここんこん」なのか、訳が分からなくなって行きます。
アンちゃんは頭をボケーッとしながら、「こんこん」と念じ続けます。
アンバーは、最初は熱心に聞き取ろうとしているようでしたが、アンちゃんの頭がゆだってくる頃になって、息を吹き、笑い出しました。
「分かった分かった。ちゃんと聞こえてる」とアンバーは笑いを押さえ、「この力の流れを覚えておいてね」と続けました。
「うん」と、アンちゃんは応えましたが、小さな頭の中は「こんこんここん」が止みません。
アンバーは杖で陣の一部を突き、描き込んでいた図形を壊しました。「次は、アンが真ん中の陣を描く番だよ」
「真ん中の、難しい?」と、アンちゃんは頭がゆだったまま聞きました。
「うん。でも、同じ陣を二重に描けば良いだけだら。頑張って」と、アンバーは自分の書いた陣を踏みつぶして消しながら、励まします。
アンちゃんはすっかりのっぺりした地面に、覚えてある陣を二重に描きました。
その間に、アンバーは庭をぐるりと回って、何処かに行ってしまいました。
姿が見えなくて、小さい声だと聞こえない所まで移動したのです。
アンちゃんは自分の陣を描き終わってから、アンバーの真似をして、地面に魔力を送りました。陣は、さっきと同じように円柱形の光を放ちます。
「アンバー、聞こえる?」と心の中で尋ねると、「聞こえてるよ」と頭の中に答えが返ってきました。アンバーは聞きます。「私の姿は見える? 今、何してる?」
アンちゃんは、アンバーが隠れた方に視線を向けて、何か像が見えないかをさぐりました。でも、家の陰になっているアンバーの姿は透けて見えません。
しばらく「うーん」と言いながら頑張りましたが、「透かして見るのではないのではないか」と発想を切り替えて、漆喰の廊下で外を見る時のように、瞼を閉じてみました。
アンバーは、一人でじゃんけんをしています。
「右の手がチョキで、左がパー」と、アンちゃんは心の中で言いました。
アンバーは面白がるように、出す手を変えます。
「右がグーで、左はチョキ」とアンちゃんが重ねると、アンバーは物陰から顔も見せないまま、心の中で「大当たり」と満足そうに言いました。
「やったー」と、アンちゃんは声を出し、のんびりと万歳をしてみせました。




