6.戦禍の記録
帰還できた兵士は、十一名。偵察の段階で、十九名の死者を出す結果になった。
通信機を受け取った兵士が負傷し、通信機も壊されたため、援軍を呼ぶことは叶わなかった。しかし、誰を呼んでも死者が増えただけかもしれないと、黒い軍服を着たガルムは、慰霊の席で思う。
参謀達は、ガルム達が持ち帰った記録を見て、元々いかめしい顔を緊張させ、額を拭った。
魔力波と映像を記録している装置の中には、まるで火災現場で戦っているかのような有様が残っていた。
炎のようなエネルギー波が、読み取り機の下方で渦を巻いている。其処には人間の形が崩れた、裂けた口と鋭い牙を持つ歪な生き物が、鋭い爪を備えた巨大な手を振り回している。
そしてもう一匹。こちらは頭が消滅して、両肩が異様に発達し、その肩の間に目と口が発生している。やはり牙を備え、腕は消滅して無数の鞭のような触手に変わっていた。
兵士達の装備は、ボウガン、ナイフ、そして元素魔術によるエネルギー攻撃。術を仕込んだボウガンを撃って怯ませ、術師が化物の体の内部を凍らせる。
しかし、化物も莫迦のように一ヶ所には居ない。魔力波を追って、術師の居所を突き止め、術師本人や、隠れている木を攻撃する。
ガルムは木々の枝を移動しながら、読み取り装置を常に地面に向け続けた。
現場に居た者達は音を聞かなかったが、映像の中では、エネルギー風が通り抜ける、ごうっと言う濁った風のような音も入っている。
化物の叫び声以外、誰の声もしない画面の中で、その音はやけに耳に付いた。
ノックスが、物音を消した状態で、するりと木の枝から降りた。片手に、ナイフを備えている。
頭が消滅しているほうの化物の背後を取り、人間の原形をとどめている脊椎を、瞬く間に数ヶ所刺した。血飛沫を避け、また枝に登りつく。
動きの止まった「頭無し」のほうに、集中的な術がかけられる。頭無しは完全に体が凍り、凍りながら行動しようとした反動で、体が砕けて絶命した。
術が集中する隙を、狙っていない化物も居なくはなかった。噛まれて感染した者達は、体の変形は著しくないが、無鉄砲でむやみに暴れる。そして、木に登りつくと言う知恵がある。
木の枝の上でボウガンを構えていた数名が、脚を掴まれて引きずり落され、群れ腐る感染者達に噛みに噛まれた。
その数名は、体や腕や顔や脚から多大な出血をしながら、体を震わせ、それまでの意図とは異なる行動を始める。まだ邪気が未感染の者への攻撃だ。
このまま大人しくしていれば、一人一人と奴等の仲間に成されるだけだろう。
ノックスの「提案」を受け入れ、数名の兵士がナイフを持ち、時には素手のままで地上に降りた。
ある者は暴れかかって来る者達の首を切り落とし、ある者は背後に回って頚椎を折る。動きの素早い敵は、術で凍らせ、血管や神経をナイフで切り裂いた。
残るは大手の化物のみ。その爪の一撃を紙一重でかわしたノックスは、片手に握った既に血まみれのナイフで、体ほどの大きさの手を広げていた化物の指を、一本、切り落とした。
化物が痛みに怯んでいるうちに、ノックスはまた枝を伝って移動する。傷を受けて興奮した化物は、木の枝から枝へ、身軽に移動して行く兵士の後を地面で追う。
こいつには頭がある。
ガルムもナイフを抜き取り、自分の真下に来た大手の背後に降りると同時に、頚椎を貫いた。ナイフを引き抜こうとしたが、思ったより深く入ってしまったらしい。
得物を残したまま、木の上にするりと退避する。大手の化物は、膝の力が抜け、地面に倒れた。
ガルムは、角度を新たにして読み取り装置を地面に向け、大手の化物を注視する。
その周りでは、やはりエネルギー波と風が燃え盛り、唸りを上げていた。大手の化物の体は痙攣している。しかし、一向に絶命する気配がない。
木の枝が、石や岩を避けてその下に根を張るように、大手の化物の皮膚の下で、脳の方から伸びて来た神経線維がナイフを避けて、更に下の神経に接続された。
新しい神経に伝達物質は届きにくいようだが、がくがくとした動きながら、大手の化物は行動力を取り戻してしまった。
生命力が半端じゃない。ガルムは術を使う事も考えたが、自分が下手に攻撃特化の術を使うと、たぶんこの森一帯が吹き飛ぶ。そしてガルム以外、誰も居なくなってしまう。
それは不味いんだよなぁと思っていると、さっきの怨みとばかりに、大手の化物が、ガルムの隠れていた枝の生えている木の幹に攻撃を仕掛けた。
ガルムは振り落とされないように枝に片手をかけ、別の木の枝に手を伸ばしながら、十分な距離を跳躍した。
それと同時に、他の枝に残っていた兵士達からボウガンの掩護があった。地面に降りていた術師が、大手の化物に片手をかざし、エネルギー流で心臓部を凍らせる。
大手の化物は瞬く間に再生しようとする。術師の能力と、化物の再生力との間で押し合いになった。
ガルムは、この状態ならと察し、指先を術師のほうに向けた。そして、増幅の力を、液体にしたらほんの一滴程度送った。
途端に、術師の能力は爆発的に上がり、大手の化物の全身を凍りつかせた他、その周りに在った木々や草葉や地面も凍らせた。バリバリと音を立て、森の一角に白い空間が出来上がる。
増幅に気づいて、術師が力を止めた時には、地面に降りていたうちの仲間の一人が、片足を凍りつかせられていた。被害を受けた者は、声を殺して痛みに耐えている。
ガルムも地面に降り、片足がカチコチになっている生存者の患部に手をかざし、冷凍された細胞を蘇生した。
以上の戦いを経て、未感染の生き残りは十一名。理性を失わなくとも、体に何等かの異常が発生した兵士は、その場に残った。
彼等の手には、ナイフが与えられている。戦禍の中で武器を失った者には、生き残る者達から、刃が贈られた。毎日手入れをしている、よく磨かれた鋼鉄の刃。自決するには、十分な道具だ。
ノックスは、自分が切り落とした大手の化物の指を回収してきていた。それは研究施設で分析してもらい、邪気による変形の過程と発症原因を探ることになる。
ガルムより後に慰霊明けのシャワーと着替えを済ませてきたノックスは、ガチャンッとドアノブを鳴らしながら部屋に入ってくると、バタンと扉を閉め、事を報告しながら髪をむしるようにタオルで拭いて、箱買いしている炭酸水をプシューッと開けて、喉を鳴らして飲んで盛大な溜息を吐いた。
本当に、賑やかな奴だよなぁと、ガルムは思いながら先日も読んで居た雑誌を広げ、「ヨーム地方」と呼ばれる所で産出される、高純度の金についての情報を仕入れていた。




