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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第四章~女神の矢の射る先に~
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5.異常事態発生

 東部森林地帯。別名「火炎の森」。月に一回は落雷が落ち、半年に一回は山火事ならぬ、森火事が起こる物騒な場所である。

 予め受け取ってある情報では、強邪気を放っている要岩(かなめいわ)を調べて、出来る事なら「状態回復」以外の方法で岩を元に戻すか、もしくは邪気そのものを断って帰還すること。

 邪気を断てない場合は、邪気の性質や術的作用などの情報を持って帰還すること。

 ガルムは、その森に「火柱の樹」が群生しているのを知り、ぞっとした。

 火柱の樹は、分厚い樹皮に守られていて、森に火事が起こっても深部は燃えない。周りが焼け野原になった後、自分の種子を、灰が多くなった肥沃な土地にばらまき、繁殖する。

 この木が多いほど、何度も森は焼かれていて、この樹木が繫栄してきたと言う事だ。

 任務の間に火事は起こらないでくれと、ガルムは黙って念じておいた。


 邪気と火事に備えて、兵士達は「遮断」の効果を持った、耐火素材の真っ黒な衣服に身を包んでいる。目元だけ網状になっていて、空気も目元から入ってくる。

 通信機を持った兵士と、ガルム達より十は年上の隊長が、静かに先を行く。森の中を移動するので、完全に無音を保つのは難しい。しかし、誰も小枝を踏んでバキバキ言わせたりはしていない。

 密接している木の根の上を歩き、時には枝を掴んで体を浮かせ、足元の茂みを避けたり、枝から枝へ腕力で進んで行く者も居る。

 どれだけ筋力を使っても、何処からも呼吸音は聞こえてこない。衣擦れの音だけは僅かにするが、生地の素材を選んである衣服は、それも最低限だ。

 いつもは居室でドタバタしているノックスも、ほぼ無音で森の中を進んでいる。

 お見事、と思いながら、ガルムも強度のある枝を見つけて片手片手でつかまり、距離のあった根から次の根まで、茂みを飛び越えた。


 森林地帯を通り抜けると、岩石地帯に出る。情報の通りである。

 ごつごつした岩を一見して分かる所は、それは元は溶岩だと言う事だ。何処かでマグマの噴出があった時に、残されて冷え固まった溶岩で出来ている。

 邪気の他に、有毒なガスの存在を想像したが、今までこの地帯を捜索した者達が言うに、マグマやガスの働きは完全に鎮静化している。問題は、異常な濃度の邪気の噴出と、それに伴う環境の変化だ。

 妙につかまりやすい枝がたくさんある森だと思ったが、どの木々も、本来の形をしていないのだ。自然な状態であれば幹は真っ直ぐに伸び、幹から細い枝が開くように伸びるはずの針葉樹でさえ、まるで誰かが戯れに作り替えたかのように、歪な姿をしている。

 火柱の樹があった場所は、まだ木々は正常だった。しかし、岩石地帯に近づくにつれ、異様な形の樹木は増えて行った。


 要岩(かなめいわ)は探さなくとも目立った。元が大きな岩であることもそうだが、それが打ち砕かれたように真っ二つになり、地下で何かかが燃えているのかと思うほどの、濃い煙状の邪気が溢れている。

 通信機を持った兵士と、記録装置を持った兵士が、要岩に近づいた。その身に邪気が纏いつくが、「遮断」の効果は発揮されているようだ。

 兵士達は所定の距離を取り、遠く近くから岩の周りを観察する。

 指の合図で確認したが、岩を元に戻す方法を試すことになった。状態回復以外で回復させるなら、一番単純な方法で「時戻し」がある。しかし、時戻しはある一定の時間まで戻した後で「固定」をかけないと、状態を維持できない。

 ガルムは「時戻し」、コナーズと言う隊員が「固定」をかける手順になっている。

 任務は速やかに行われた。


 割れていた岩が音もなく修復し、要を務めるためには優良な状態で固定される。

 そして、雷を集めているはずの術的作用を記録する段階になった。

 自分の呼吸の音も抑えている状態で、「音楽」が聞こえないか、耳を澄ます。

 途端に、「無作法」な音がした。通信機を持っていた兵士と、記録装置を持っていた兵士が、急に体を折り、嘔吐したのだ。いや、目元の網から零れているのは、真っ赤な液体だ。

 吐血したのか? 何故? と、ガルムは咄嗟に思った。任務の前に健康状態はチェックされている。胃に血液が溜まるような病気にはかかっていないはずだ。

 ガルムが治癒の術を使おうと近づくと、記録装置を持った兵士は手の動きでそれを止め、背に括りつけていた装置を下ろして、ガルムに向かって放り投げた。

 通信機を持っていた兵士も、近くの仲間に向かって装置を投げる。

 その重たい一撃をどうにか無傷で受け止め、ガルムは目元を赤く汚している兵士を見つめ返した。

 兵士は、頷いた。ガルムは記録装置を担ぎ、足音をなるべく殺し、岩石地帯を森の方へ走り抜けた。その背の方で、変形(へんぎょう)しつつある二人の兵士達が、吐血の合間に人間の声帯からは発せ無い叫び声を上げている。

 森に辿り着いた。足元に纏いつくものを避けながら、根を伝い、枝を伝い、異形の森の出口へ向かう。

 地面を歩かない事は、気配を無くす以外の意味でも有効だった。邪気侵食を受け、肉体が異常な形に変形した二人の兵士が、人間では無い身のこなしで追って来たからだ。

 変形を免れた兵士達は、木の陰や枝の上に避難し、気配を消した。


 化物に成った兵士に見つかった者は、体の一部を食われた。食うと言うより、深くえぐるように噛みつかれた。それと同時に、体の形が人間ではなくなって行く。どうやら、噛むと言う方法で邪気を植え付けているようだ。

 不謹慎ではあるが、誰かが襲われている間に他の者は静かに移動し、森を抜ける直前で、手筈通りに皆、振り返った。

 この邪気で歪んだ化物達を処分しない限り、撤退は許されない。

 戦闘の状態も記録する必要がある。ガルムは、樹の枝の上から、戦場になるであろう地面に読み取り装置を向けた。

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