4.マーガレットと生返事
魔術的な祭りと言うものが存在する。術師達が「術」と言う体系を作って魔力を操作するように、祭りと言う儀式を行なう事によって、魔術的な作用を起こすと言う方法である。
先日の件は、誰かが、常に東部森林地帯から強邪気を放出させておくために、祭りにより雷を呼び出し、要岩を壊し続けていると、推測された。
行方不明になった者達は、祭りの贄になってしまったのだろうか。
生存しているか分からないが、モニカ・ロランが何かを知っているかも知れない。
行方不明事件と成ったら公安が動くべきだろうが、邪気が関わってくるとなると警察には任せていられない。
ハウンドエッジ基地から、三十名ほどの小隊が組まれ、偵察に出向くことになった。
その中には、予備軍から正式入隊したばかりの二人の――まだ少年と言って良い――青年達が含まれていた。
ガルム・セリスティアと、ノックス・フレイムだ。彼等は同じ十七歳で、同じ年に予備軍に入隊し、同じ居室を使って生活をしている。
「あ。やべ。溢した」と、ノックスがコーヒーの粉をカップに入れながら、聞こえるように言う。「ガルム。モップ取って。床拭いて」
「いや、自分で取りなさい」と、ガルムは二段ベッドの上段に座り、雑誌を見ながら軽く返す。「歩いて十歩も無いだろう?」
「俺のこの状態を見ろ」と、ノックスは片手にカップ、片手にコーヒーの瓶を持ったまま、足元に散らばった大粒のコーヒーの粉に視線を向けている。「一歩でも動けると思うか?」
ガルムが実際に視線を向けてみると、山ほどと言うほどはないが、ノックスを中心にした床の一角に顆粒の大きいコーヒーの粉がまぶされている。
「どうやったら、その量を溢せるの?」と、ガルムは呆れたように言って雑誌を閉じ、二段ベッドから降りて来た。コーヒーの粉を踏まないようにしているが、彼の足元でもサクッと言う粒の砕ける音がする。
「あー。モップじゃだめだ。箒と塵取り取って来る」と言って、ノックスを残し、雑務室に向かった。
「なるべく早く戻って来て!」と、微動だに出来ないノックスは哀願した。
散乱したコーヒーの粉を無事に片づけ、ノックスは昼下がりの一杯を楽しみ、ガルムは再び雑誌に目を通している。
「それ、ずーっと見てるけど」と、ノックスはガルムに絡む。「何をそんな読む所があるんだ? そんなにスェクスィーな事でも書いてあるのか?」
「え? うーん……魅力的と言う意味では、魅力的」と、ガルムは言って、雑誌を閉じようとする。
「なんで指摘されたら閉じるのよ」と、ノックスは湯気をあげるコーヒーを片手に、二段ベッドに近づき、ガルムの手元を覗き込む。「月刊必修辞典『金属硬化・宝石硬貨』」と、雑誌のタイトルを読む。「すげぇくどいの読んでるのな」
「いや、面白くはあるんだよ? 金属硬貨の鋳造の歴史とか、宝石硬貨にどんな魔力を込めるとどの様な作用が起こるとか、物質的な希少価値とか、市場に出回る過程でどのような付加価値がつけられるとか」と、ガルムが早口の説明口調になると、「そう言う所がくどいっての」と、ノックスは返して、ガタンとテーブルから椅子を引き出し、部屋の真ん中くらいに持って来て、ドサッと座る。
腕を伸ばして、カップをコツンと鳴らしながらテーブルに置き、口に含んだコーヒーを飲みこんで、聞えよがしな溜息を吐いてから、「ガルムってオタクだよな」と、誰に言ってるか分からない独り言を言う。
ガルムが黙って視線を雑誌に戻すと、ノックスはもう一度「ガルムってオタクだよな」とさっきと同じトーンの声で言う。
ガルムは顔を伏せたまま、ちょっと視線を上げてノックスを見て、「同意しろと?」と聞く。
「いや、独り言よ?」と、ノックスはふざけてみせる。脚を組んで、膝に片肘をつき、頬杖をついて手に首を預けると、「なんか、十七歳って感じしないんだよな」と言う。
「誰が?」と、ガルムは聞いてあげる。「お前がだよ」と述べるノックスは、声が笑っている。
「そう」とガルムは興味も無さそうに答えて、黙った。
ノックスは、しばらくご機嫌で鼻歌など歌いながら、見慣れている部屋を見回したり、またガタンと音を立てて椅子から立ち上がると、窓に近づいて外を眺めたりしている。
「いやー、夏も間近ですなぁ」と、ノックス。
「うん」と、ガルムの生返事。
「マーガレット咲いてる」と、ノックス。
「うん」と、ガルムの生返事。
「あれ見るといっつも腹減るんだよ」と、ノックス。
「うん」と、ガルムの生返事。
「目玉焼き連想しない?」と、ノックス。
「うん」
「連想する?」
「うん」
「だよなー」
「うん」
そのやり取りの後、しばらく沈黙が訪れた。
窓から日射しの差す部屋は、仄かに温かい。綺麗にしたばかりの床に、ノックスはドカッと腰を下ろし、頭をぶつける音を立て「いてっ」と呟きながら横になった。くわ~っと音を出しながら欠伸をする。
「ちょっと眠るわ。十五分したら教えて」
「う……うん」と答えて、ガルムは枕元の目覚まし時計を手に取る。アラームを十五分後にセットして、また枕元に置いた。
外から、休暇を基地で過ごしている他の兵士の話声や、出入りの食品会社のトラックの走行音など聞こえる。
五分もしないうちに、ノックスは、「カー」と喉を鳴らす音を立て始めた。
偵察隊に入隊できるとは思えないほど、一々行動に音が付いて回るが、平常時のノックスはそう言う人物なのだ。
これが、仕事にかかると足音や物音を一切出さなくなる技術を持っている。
仕事中に気を使うから、普段は無駄に物音を立てたくなるんだろうな、とガルムは思っていた。




