3.ハウンドエッジ基地
整備士は機器の調節を終え、テストパイロットに……いや、いずれはその機器の専属パイロットになる人物に席を譲った。
まるで内臓のような有機的な歪みを持った「操縦席」に、頬から下の皮膚を保護する衣服を身に着けた人物が、腰を掛けて背を預ける。
「椅子には深く座って。肘掛け状になってる操作盤に両手を置く。脚はスリット……そう、其処の凹みに密着させて。機器の方から、魔力を吸収する力がかかるから、ベルトは無くても固定される。それから、コントロールは……」
整備士の説明を聞きながら、十七歳の少年は機器の操作方法を試し始めた。
その目元は、イヤフォン付きのゴーグルで見えないが、特徴としては灰色がかった白い髪をしており、整備士の声に返事をする度に口元に八重歯が見えた。
通信兵達の間で騒がれ始めたことがある。
タイガがその話を聞いたのは、つい昨日だ。ウルフアイ清掃局員の連続失踪事件と囁かれていた話は、一昼夜過ぎる間に、民間にまで広がった。
置き型水晶版に映る公共放送の中で、ニュースキャスターが語るには、「国内のある土地で、失踪者、行方不明者の数が増えつつある。その近辺には清掃局が存在し、行方不明者との関係が疑われる」と言う柔らかい表現だった。
近隣に邪霊や邪気の清掃をしている局がある事から、失踪者の行動の原因は、何等かの邪気侵食の可能性もあると言って、ニュースは淡々と次の話題に移った。
邪気流出であれば、ウルフアイ清掃局に調査員を送って、何が原因なのかを調べ上げる必要がある。
ドラグーンに続いて、ウルフアイも汚名を着る事になるのかどうか? と、タイガは仕事をしながら頭の隅で考えていた。
しかし、ドラグーン清掃局のように、意図的に邪気を放流したわけではないなら、局そのものが公的に取り締まられる事は無いだろう。
何かのミスで流出があったのなら、過失による罪状が付くくらいか……と。
そんな折、国内の強邪気発生地点を清掃するため、軍と合同で活動しているホーククロー清掃局からの通信が入った。そして圧縮された転送ファイルが送られてきた。
手の空いていたタイガが、通信を受け取って解析する。送られてきたファイルの中身は、ひどくノイズの多い通信映像だった。
読み取り装置の向こうには、雷の響く薄暗い豪雨の中で、雨に濡れている大きな溶岩岩が映っている。
それから、女性の声が、誰かに聞かれることを恐れるように、小さな声で囁いている。
「か…な…岩。落雷…。粉砕…。術…。…態回復…」
そこまで聞こえると、プツンと通信は途切れた。タイガが聞き取れたのは、「岩」「落雷」「粉砕」「状態回復」の四つのワードだけだった。
その四つのワードを、中枢システムで文字検索してみると、「東部森林地帯。要岩」と情報が上がってきた。
数年前に、落雷により粉砕していた要岩を、状態回復で再生したと言う旨である。それは、ホーククロー清掃局が、国内七つの強邪気発生地点の「浄化成功例」としていた話だ。
なんで、その情報が、今送られてくるんだ? と考えて、タイガはファイルが送られて来た先を改めてみた。
「ウルフアイ清掃局。ノヴァ・ワルター」
巷で噂になっている、邪気流出をしたかも知れない清掃局からの通信だ。
時系列が分からないな、と思いながら、タイガは各所に確認を取り始めた。
事は一ヶ月前に遡る。東部森林地帯で、邪気の濃度が濃くなり始めた。そこで、ホーククロー清掃局は、ウルフアイ清掃局に「調査」を頼んだ。その時、数年前と同じく、要岩が何かの力で砕かれているのを発見した。
その岩を、状態回復で元に戻し、邪気を封じる術を込めてから、ウルフアイの局員達は撤退した。
その件の折、誰かが「魔力感化」を受けた状態で帰って来てしまったらしい。「魔力感化」は、邪気侵食とは違い、感化を受けた者には病的な症状はほとんど出ない。しかし、感化を受けた者から、周りへ魔力は伝播し、影響力を発揮する。
普通の心霊内科にかかっても、「感化」の場合は原因が発見される事はなく、本人の精神的な状態が原因であるとされてしまう場合が多い。
タイガは水晶版に「守護」をかけてから、転送ファイルを送ってきた人物と連絡を取った。
ノヴァ・ワルター氏の部下にあたる人物達を含めた、十数名のウルフアイ局員と、その周りの家族や友人知人に至るまで数十人が、この一ヶ月で失踪している。
ワルター氏が聞き及んだ所に因ると、失踪した人物達は皆、失踪直前に「音楽が聞こえる」、もしくは「あの音を知らなきゃ」と言って居た。
彼の直属の部下であるモニカも、失踪直前に「あの音を確かめなきゃ」と言って、小型の通信機と最低限の装備を備えて、誰にも行き先を告げずに姿を消した。
そして、つい先日、ワルター氏の許に、先のファイルが送られてきた。その後、再び東部森林地帯で強邪気の発生が見止められた。
ファイルが送られてくる前の、東部森林地帯の天候は、先に見た映像と同じく落雷を伴う暴風雨。
誰かが、要岩を常に壊そうとしている? 落雷を使って? 何のために? と、タイガの頭の中で疑問が三つ浮かんだ。そして、その言葉を整頓して、ワルター氏に送ってみた。
ワルター氏も、同じ疑問を持っていたらしく、要岩に対する魔力的な調査のために、軍の方から偵察隊を送ってもらえないかと言う要望があった。
タイガは「掛け合ってみる」と答えた。
十中八九、人員を派遣する事になるだろうと予想しながら。




