2.感染する失踪
最初の行方不明者が、失踪したのだとはっきりするまで、モニカは四人の人物に、「眠る前に聞こえてくる音楽」の事を相談していた。
その中で、ウロンと言う、おしゃべりな局員が居た。
仕事で邪霊や邪気を清掃しているのに、怖い話が好きで、モニカが話した「打楽器の音と咆哮」についても、尾ひれ背びれを付けて、色んな人に言いふらしていたようだ。
怖い話が好きな人が居れば、怖い話が嫌いな人もいる。
同じくウルフアイ局員の、ヒナタと言う女性は、ウロンから「怖い話」として、モニカの身に起こっている現象を聞かされそうになり、話が始まって「そうしたら、何かを打ち鳴らすような……」辺りまで聞いたところで、その場から逃げたと言う。
しばらくして、ウロンも仕事を欠勤するようになった。
最初は、一日休んで次の日には出勤していたが、ある日からぷっつりと出勤しなくなった。一週間、連絡もなく無断欠勤しているので、局の方から、ウロンの自宅に連絡が行った。
通信機には出ない。一人暮らしをしているウロンのアパルトメントに、上役が訪問した時、大家は「家の中に居るなら、チェーンロックがかかってるかも」と言って居たが、マスターキーで開けると扉は難なく開いた。
部屋には、ウロンは居なかった。トイレも脱衣所も風呂場も居間も、全部確認したが、何処にも姿形がない。
仕事用の水晶版と通信機も、居間のテーブルの上に置かれたままだった。そして、その横には、一枚の紙切れが置かれていた。それには、「音楽が聞こえる」と走り書きされていたそうだ。
ウロンが居なくなったと分かってから後も、ウルフアイ局員の中で、数名の行方不明者が続出した。
モニカが直接話をした、ウロン以外の残りの三人も含め、その数は十数名に上る。
廊下でヒナタに呼び止められたモニカは、その行方不明者の一部は、ウロンから話を聞いた者達だと伝えられた。
モニカは、やはり自分には、何かの呪いのようなものがかかっているのでは……と考え込む。
「でも、ヒナタ。なんで『ウロンから話を聞いた人だ』って分かるの?」と、ヒナタに問うと、「だって、私も……」と言いかけ、彼女は気分を落ち着けるように深呼吸をした。
それから、「私も、その話を、聞かなきゃならないと、思ってるから」と、たどたどしく告げた。「すごく怖いのに、どんな音楽なのか、知りたいと思ってるの。どんな音なのか聞くために、その音を探しに行こうとしちゃうの」
そう言い募るヒナタを、モニカは「考え過ぎだって」と宥めた。
だが、ヒナタは血走った目でモニカを見つめ、爪を立ててモニカの肩を掴むと、「貴女は、音が聞こえてるんでしょ? どんなリズムなの?」と、興奮気味に問い詰めてくる。
「ちょっと、痛い」と、モニカは肩に置かれた手を引き離した。「貴女がそんな状態じゃ、教えられないよ」
「じゃぁ、どんな状態なら良いの?!」と、突然ヒナタはヒステリックな大声を出し、ぜーぜーと喉を鳴らす。それから、ひきつっているモニカの表情を見て、我に返ったように、「ごめん」と呟く。
「ヒナタ。失礼かもしれないけど、一回、心霊内科にかかってみたら?」と、モニカは助言した。「お医者さんで『浄化』してもらえば、その状態も治まるかも知れないし」
「うん。分かった。ありがとう……」と、ボソボソ言いながら、ヒナタはモニカの前から姿を消し、それから局内で見かける事も無くなった。
そこまでが、今日の午前中の間までに起こった事だ。
レンゲでハオメンのスープを飲みながら、モニカは考える。
連続行方不明者を増やしているのは、自分が話した「眠る前に聞こえてくる音楽」の影響のようだ。居なくなった局員達は、みんなその音を求めて旅立ってしまったのだろうか。
「あれ。モニカだ」と、知り合いの声がした。
モニカと同じく、背に銀色の狼の刺繍がしてあるユニフォームを着た、男性のウルフアイ局員。名を、確かツートンと言う。
「モニカ、知ってるか?」と、隣のテーブル席の椅子に腰を下ろしながら、ツートンは言う。「ヒナタが事故に遭ったんだって」
モニカは目を見張り、「何があったの?」と聞き返した。
「あ。知らなかったか」と、ツートンは暢気に言う。「なんか、列車のホームから線路に落ちたんだとさ。助けられる前に列車が来ちゃって、敢え無くグチャリ……ってなる前に、ホーム下の凹みに隠れたそうだ」
モニカは、苦い顔をして、ふざけているツートンの肩をべちっと叩いた。
ツートンは話術が上手く行って満足したようだ。それから、「でも、ヒナタがなんで列車のホームに居たとかは、分かんないんだよ。まだ勤務時間なのに」と続ける。
「それ、何時くらいの事なの?」と、モニカはスープを口に運ぶのをやめて聞く。
「俺が聞いたのは、ついさっき。早退の連絡もしないで、何処かに行こうとしてたみたいだな」
ツートンの返事を聞くと、モニカは注文の伝票をテーブルの角から外し、席を離れた。
何かが起こっている。この清掃局の局員が、どうにかできる範囲の問題ではない事が。
そう察し、モニカはオフィスの通信機で、ホーククロー清掃局に通信を送った。三コール目で、相手は出た。「はい。ホーククロー清掃局。相談窓口、エノコが承ります」
「東部森林地帯の邪気流出について、報告があります」と、聞き取れるように、それでも口早に言うと、「お名前を伺えますか?」と、ホーククローの窓口嬢は言う。
「私は、モニカ……」まで言いかけた時、電話の向こうから、あの打楽器と、悲鳴のような咆哮が聞こえてきた。
モニカは、その日のうちに局から姿を消した。彼女は失踪直前、「あの音を確かめなきゃ」と呟いていたらしい。




