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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第一章~死霊の町の一週間~
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13.芝刈り機が走る

 水曜日十六時四十五分

 熱心に、芝刈り機のような機械を操作して、町を歩いている男が居る。

 作業着を着て、真っ当な顔で歩いているが、其処には芝はなく、あるのはレンガ敷きの広場やアスファルト敷きの道路だ。

 その人物が何者であるかは、胸の社員証に書かれている。所属は、ベクター電力。この町に火力発電をもたらした電力会社だ。

 もはや意味を持たない社員番号の後に、記号のような名前が書かれている。

 仮に、彼の事をXと呼ぼう。Xの頭が正常に働いているのだったら、今頃、発電所の中から逃げ出している。

 人間の崩れたようなものが闊歩し、黒い粘液のようなものが床を流動し、唸りを上げる気体状の何者かが寄り集まっている、邪気の渦巻く場所では、正常な人間は正気ではいられない。

 だから、壊れる必要があった。

 所員の中で、魔力を持たない物達は、命を奪われ粘液の一部になり、気体状の魂をエネルギーとして捧げた。

 X達のような魔力保有者は、存命を許され、一般の人間には危険を及ぼす霊体達を存続させるための物理的な仕事を行なった。

 魔力を扱える者は火炎の中に術を構成し、魔力を持っていても操れないX達のような人員は、この芝刈り機の扱い方を覚えた。


 X達に求められたのは、「邪霊」と呼ばれる者達への、徹底的な服従である。全てを乗っ取られる事により、記号の名を持つ彼と彼等は、死霊の憩いの場と成っている発電所で生き永らえていた。

 霊体達は、人間が「力に溢れた状態」であるのを嫌った。故に、水分も栄養も最低限の状態を保たせられた。それでも、一日に二リットルの水を飲み、一人一斤のパンが食べられるのは幸福だった。

 そのXの仲間達の一人、Yが、芝刈り機を改造した「結界削除機」を開発した。

 とても有能な働きをしたYは、「向こう側の世界」に招かれて帰って来なくなった。

 その芝刈り機は、自分達のエネルギーを送るには難のある結界と言う壁を壊し、その中を満たしている魔力を削って行くのに役に立つ。

 一台あっても意味がないので、Yの残した設計図や、術的作用の記録から、芝刈り機の複製を増やした。

 X達は結界削除機を操り、発電所の近辺から北地区の西側一帯で、自分達の領域を広げている最中だ。

 以前、女が一人、発電所に侵入して、幾つかの情報を盗んで行った。その時に作られた、邪魔な術がかけられた通路も、念入りに力の塗り替えが行なわれている。

 発電所では、既に霊体そのものが火力と言う力を手に入れている。どんなに小さな霊体でも、鬼火のように火炎を纏っていた。

 発電機内部には、外からのガスの配給を得なくても、永遠に消えない魔性の炎が燈っている。

 魔性は火炎から電力に溶け込み、電力そのものにも霊的な意思を宿すようになった。

 水晶版に向かって、術のプログラムを練っていた者達が、「術式、開始します」と唱え、「実行」のボタンを押した。

 邪気を帯びた魔力波が、火炎から魔性を取り込む。発電機内部に、光が溢れた。

「向こう側の者達」が望んでいた、高位の霊体を作り出す事に成功したのだ。

 それを遠くに確認したX達は、その光とエネルギーを察して、両手を発電所に伸べ、生まれ出でた神聖物に拍手を送った。

 鳥の翼に似た火炎の腕を背に一対持った、人の姿をした巨大なそれは、「大天使」と名付けられた。


 水曜日十七時

 エムの居る部屋に、食事が運び込まれる。

 水とパンだけではない。ハムとチーズ、野菜、果物等、菓子。

 成長期の子供が必要とする栄養素を補う食品が並ぶ。

 特に調理されているわけではないが、それまでの暮らしよりずっと幸福だとエムは思った。

 食事を残らず平らげると、給仕をやっている者が、無表情のまま食器を下げて、部屋を後にする。

 その後で、エムはいつも通り、「蝶々のビスケット」を齧った。いくら普通の食べ物を食べても、どうしても空中に現れる蝶を捕まえ、ビスケットにして食べたくなる。

 エムは、ぼんやりしているうちに眠たくなってきた。それまでまともな成長の得られなかった五歳の体は、まだ持続的に体力を保てない。

 ベッドに上りつき、体を横たえて瞼を閉じる。

「エム。眠るのかい?」と、誰もいない空間から、誰かの声が聞こえてきた。

「うん。もう眠いんだ」と、エムが答えると、姿の見えない腕がエムを抱擁した。

 暖かくて心地好い。エムは朧にそう思いながら、うとうとしていた。

「エム。君が世界の王様になる事は、ちゃんと覚えているかい?」と、声は言う。

 エムは眠りかけている意識で、「本当に、僕にそんな事できるかな」と答えた。

 姿のない腕が、エムの頭を撫でた。「出来るさ。君には立派な素質と、それを伸ばせる力がある」

 それから、姿のない声が細く歌い始めた。歌詞のない優しい旋律は、エムを穏やかな眠りの中に引き込んだ。


 三十分ほどの睡眠の後、職員達がエムを起こしに来た。

 寝ぼけながら手を引かれて行くとと、見学者用の発電機が置かれている部屋に到着した。

 何か、発電機の中から、熱のようなものが伝わってくる。

「エム。大天使だよ」と、所員の一人が声をかけてきた。

「大天使……」と、エムが復唱すると、発電機の中から声が聞こえた。

「アダム。やがて其方(そなた)と一つになり、この世界を導ける日が来ることを望んでいる」と。

 エムは、僕が王様になるって言うのは、本当なんだと納得した。

 そしたら、あのテレビの中のような、優しい世界を作ろう。誰も傷つかない、誰も傷つけない、微笑みのある世界を。


 水曜日十八時

 崩れた家や、廃屋、中には人が住んでいる家もあった。数十件の家屋の掃除をして、住人が居た場合はお礼を言われてたりしてから、アンとメルヴィル達は、駐屯地で会議を行う事にした。

 今日の所は発電所に攻め込むには早いとされたのだ。

 先だってアンが風呂を借りた宿泊施設に戻ると、ノヴァ・ワルターが、各地区から受け取った情報を皆に伝えた。

「東地区では、邪霊吸引機の運転時間を五時間に安定させる試験を繰り返している。

 南地区では、電気配管の撤去と邪気の清掃を完了した。

 西地区は、現状を温存。配管の整備が遅れていたため、広い範囲で汚染を免れている。

 中央地区では、邪気の清掃後、電力の配管撤去のための作業が始まる。

 問題は各地区の地下だ。下水道の中に、邪気が充満しつつある。アン・セリスティア。一度、東地区で地下の死霊と攻防があったと聞くが」

 アンは報告する。

「その通りです。粘液に似た邪霊が実体を成していました。不純物を含まない炎を照射する事で、地下に撤退させました」

「その、不純物を含まない炎と言うのは?」と、ワルターから質問が来る。

「アーヴィング夫人から支給された、ランタンの炎です。魔力で増幅して、殻に展開して使いました」

 そうアンが答えると、モニカが挙手した。

「モニカ・ロラン」と、ワルターが発言を許す。

「その時の邪霊の大きさは、どの程度の規模でしたか?」と、モニカは改まった口調で言う。

「アン・セリスティア」と、ワルターが名を呼び、発言を促す。

「東地区にあるビル群を見下ろす程度の大きさでした。マンホールの中から、新しいビルが生えてきたようなものでした」と、アンは答えた。

 ビルが生えてきたと言う表現を、皆、慎重な表情で受け止め、アンが殻を作った時と同じ芸当を、どうやったら自分達が再現できるのかを話し合った。

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