誰か居るって言っちゃだめ2
ローズマリーはプレゼントを喜んでくれました。
「細工師に頼んで、アクセサリーにしてもらおうかしら」と、ローズマリーは言います。
「うん」と、アンちゃんは答えました。
その日はだいぶ冬でしたので、アンちゃんとアンバーはローズマリーの庭で雪遊びをしました。
小さな雪玉をコロコロと転がして行くと、雪玉は手の平の大きさになり、やがて一抱えの大きさになりました。アンちゃん達が持ち上げられるくらいの雪玉を幾つか作って、三段重ねの雪だるまにしました。
石炭の目と木炭のボタンを付けて、鼻にはニンジンだけでなく、色んな野菜をさしました。蕪をさされた雪だるまは、途端に鼻を詰められた豚さんに見えるようになりました。
そう思っていると、実際に雪だるまは「ふがっふがっ」と鼻を鳴らし始めます。
面白がって豚を増やしていると、鼻を鳴らすほかに「ピーッ」と声高に鳴くようになったので、うるさいと思ったアンちゃんはピーピーと鳴く豚さんからは鼻の蕪を奪ってしまいました。
途端に、さっきまで豚さんだった雪だるまは鳴かなくなりました。
「蕪は魂が宿るからね」と、アンバーは言いました。
そう言って、次の雪玉を作ってるアンバーの足元に、何かが居ます。
アンちゃんがそれをじっくり見ていると、子供の小指ほどの小さな妖精達でした。しかし、普通の「体を持たない妖精」ではなく、雪に焼けたピンクの肌を持った、角のある妖精達でした。一列に整列して、庭の隅から白い地面の上を横切ってきます。
「小鬼だ」と、アンちゃんは言いました。
アンバーは、「雪玉が欲しいのかな?」と言って、整列してきた小鬼達の前に雪玉を置きました。
小鬼達は、雪玉に群がると、あっと言う間に雪の彫像を作ってみせました。その彫像は美しい声で歌い始めます。小鬼は、雪玉を作っている二人に、何度も手を差し出し、雪玉をねだりました。
小鬼達の美術によって、歌う彫像達は合唱団を形成しました。
そうすると、小鬼達は何処からか自分達の体の大きさに丁度良い、赤い液体の入った瓶と豪華な杯を持って来て、その液体を飲みながら浮かれ始めました。
アンちゃん達のほうに、数匹の小鬼が杯を渡してきたので、それを潰さないように指先で受け取って、中身を指に垂らして舐めてみました。
ほんのりと、甘い葡萄の味がします。それから、お酒っぽい香りも。
「中々、上出来ですなぁ」と、アンちゃんはふざけて小鬼に話しかけました。
彫像達の歌が止むまで酒盛りをした小鬼達は、歌が止んだ後、また一列になると、満足したように庭の隅の方に帰って行きました。
アンちゃんはまた漆喰の廊下に居ました。行く先はぼんやりと白く、背後は影が澱んでいます。
心が眠ってから起きると、いつもこの廊下に来るのです。
その日のアンちゃんは、外に出てみる事にしました。
窓から見えた風景は、青い海と青い空と、白雲と白波に彩られていて、とても素晴らしいものです。
青いドアを開けようとしましたが、棒で閉じる閂と言う鍵がかかっているし、アンちゃんの背丈では、棒を掴んで横に滑らせることが出来ません。
お行儀は悪いけど、窓から出てみようと思って、アンちゃんはジャンプして窓の縁につかまり、壁に足をついて窓に這い登りました。
窓の縁に立つと、外は光がいっぱいで、風がふわりと潮の香りを運んできます。
嬉しくなったアンちゃんが、外の地面に飛び降りた瞬間、急に世界から光が無くなりました。
真っ暗な場所に着地して、アンちゃんは不思議そうに辺りを見回しました。
真っ暗な中を、誰かが走り回っているような息遣いと足音がします。丁度、アンちゃんと同い年の子供が走り回っているような。
「あ……」と言ってから、「アンバー」と呼んでみました。「アンバー、居ない?」
振り返っても、飛び降りたはずの窓と壁は無くなっていて、やはりアンちゃんの周りを誰かが駆け回っています。小さな子供のように、くすくすと笑う声も聞こえます。
アンちゃんは、段々怖くなってきました。だけど、はっきり目を開けて、耳を澄まして、地面だと思っている場所に縮こまって座り、周りをよく観察しました。
あの言葉だけは言っちゃいけない、と、アンちゃんは分かっていました。
ダレカイルとだけは言ってはいけない。
用心して息をして、口を二つの手で押さえました。そして、細く息をしながら、アンバーが見つけてくれるのを待ちました。
ローズマリーは家を留守にしています。先日アンちゃんからもらった宝石の、細工を頼みに行ったのです。
それなので、アンバーはいつもより気を付けていました。だけど、あの廊下に行っても、アンちゃんが居ません。
ドアの閂はかけられているので、外に出たはずはない……と思いましたが、おかしい事に気付きました。窓があるのです。青い海と青い空の見える、丁度五歳くらいの子供になら登れる窓が。
こんなのは、今までなかった。
アンバーはそう思って、青い扉の閂を開けました。
ごうっと、白い風が吹きつけます。雪のような粒子が、アンバーの体を包み込みました。
あの冬と同じだ。アンバーはそう察しながら、真っ白な世界の中で、友達の姿を探しました。




