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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
エピソード集3
126/433

誰か居るって言っちゃだめ1

 アンちゃんはずっと眠っています。

 体も眠っているけど、心も眠っています。その時、アンちゃんに「アンバー」と名付けられた女の子は、アンちゃんのために歌を歌っていました。

 音だけの、歌詞の無い歌です。旋律と一緒に、アンバーの放っている霊的な力が、アンちゃんの中に流れ込みます。

 しばらくすると、アンちゃんの心は目を覚まします。そうすると、不思議な廊下に居ました。

 漆喰で作ったような、石の舗装が見える素敵な階段を降りて、青い扉を過ぎて、その奥の中にある長い廊下の中に居ました。

 其処が何処であるのかは分かるのですが、アンちゃんは、お日様の差しているはずのお外を見ようか、それとも静かな影が揺蕩っている廊下の奥に行こうか、迷いました。

 何度も、外と奥を見回して、どちらも決めかねてその場に座り込みました。


 アンちゃんは、ローズマリーのお庭に行きたいなと思いました。すると、廊下の奥の方から影が広がってきて、明るさをすっかり隠してしまいました。

「アン」と、アンバーの声がしました。「また此処に来てたのね」

「此処は何処?」と、アンちゃんはアンバーに聞きました。「コトッコトッて言うのね」

「あれはね、時計の心臓の鳴ってる音」とアンバーは不思議な答えを返しました。「アンは、アトラクションって好き?」

「うーんとね。観覧車とぉ、メリーゴーランドとぉ、カップソーサーとぉ…後は分かんないや」と、アンちゃんは指を折って数えました。

「うーん。どれとも違うなぁ」と、アンバーは困ったように言います。でも、口元は何時ものように微笑んでいます。

 なので、アンちゃんは、きっとアンバーは「目が回っちゃうような凄いアトラクション」の事を言ってるんだと思いました。

 アンバーはその考えに気づいて、唇を笑ませたまま、目をちょっとだけ大きく開いてアンちゃんと視線を合わせると、頷きました。

 そして、アンちゃんの左手を、自分の右手でつかみました。

「アン。息をするのを忘れちゃだめだよ。それから」と言って、アンバーは、何処まで続くか分からない影の中に、歩を進め始めました。アンちゃんも、引っ張られて後を付いて行きます。

「誰か居るって言っちゃだめだよ」

 アンバーがそう言った途端、足元が、歩くよりものすごい勢いで滑り出し始めました。


 それはクリスマスのようでした。月の大きな夜に、白い雪と、もみの木と、キラキラの飾りとキャンドルの明かり。

 人々は静かに眠っていて、町は魔戯飾(まぎしょく)で少し華やいでいます。月明かりの中に、八頭のトナカイに引かれた大きなソリが飛んできます。

 アンちゃんは、冷たい空気を吸って、感心したように溜息を吐きました。

 そうすると、もう別の場所に居ます。

 リボンと包装紙の集められた部屋で、お父さんとお母さんはプレゼントのラッピングをしています。大きなぬいぐるみから、小さなクッキーの箱まで、全部を紙で包んでテープで止めてリボンで飾ります。

 それから子供達が絶対に見つけられない場所に、プレゼントを隠しました。

 アンちゃんは、クリスマスのプレゼントは一つじゃないんだと知りました。

 次の場所です。

 痩せ細って腰の曲がったおじいさんが、せっせと赤い蝋を蝋燭にする作業をしています。細い棒に一定間隔で吊り下げた紐を、赤いミツロウの中に浸しては乾燥させるのを繰り返して、少しずつちゃんとした蝋燭にするのです。

 おじいさんはひどく熱心で、カレンダーにつけた印を確認しながら、たくさんの蝋燭を用意していました。

 次の場所です。

 大きな工場で、処理をした七面鳥を冷凍庫に入れています。七面鳥達は、何処かの場所で首を落とされ、血抜きして工場に運ばれてきました。工場の中では、必要な内臓だけを残して、七面鳥の(はらわた)を抉り、綺麗に洗浄してしまうと、形を整えてから移動式の棚に並べ、巨大な冷凍庫の中に運んで行きました。

 次の場所です。

 ワインが醸造されて、機械で丁寧に瓶詰めされています。赤と白とロゼのワインです。アンちゃんは、ずうっと昔に、甘いロゼのワインを飲んだことがある気がすると思いました。真っ赤な渋いワインや、真っ白な強いワインより、甘いロゼと言うのは丁度良い味をしているはずだぞ、と思って、思わず唇を舐めました。

 次の場所です。

 お化けのようなものが湧き立つ廊下を、二人は手をつないだまま駆け抜けます。

 ついに「いじげん」に来てしまったと、アンちゃんは思いました。日付は一体いつなのでしょう。古い成りの簡素な知らない家の中を、タタタタッと足音を潜めて走り抜けました。

「イタチが走ってる」と、階下で誰かが言った声が聞こえました。

 やがて、まばゆい光が見えてきました。アンちゃんとアンバーは小さな足で走り続けます。

 その光の中で、誰かの気配がしました。

 アンちゃんは、駆け抜けようとしている光の中を振り返りました。

 光は、静かな部屋を照らしています。

 赤ちゃん用の、小さな部屋です。お母さんが、抱きかかえた赤ちゃんを揺らして眠りに就かせています。

 お母さんの足元で、その赤ちゃんを、覗き込んでいる、小さな人影がありました。

 お母さんの腕の中で眠ろうとしている赤ちゃんと、そっくりな赤ん坊です。

 アンちゃんは、思わず声を上げそうになり、空いていた手で口を押さえました。

 次の場所に移ると、ようやくローズマリーの住んでいる庭に辿り着きました。

 アンバーは、口を押さえているアンちゃんを見て、頭を撫でてくれました。「お利口さん。さぁ、ローズマリーは、丁度起きる所だよ。プレゼントを渡しに行こう」と言って。

 アンちゃんは、自分がプレゼントを持って来たか分かりませんでした。でも、ポケットを探ってみると、小さなキャンディのような宝石がありました。

 磨いていない原石ですが、透明でとても綺麗です。

 ローズマリーの瞳の色と同じだ、と思って、アンちゃんは嬉しくなりました。

 アンバーは先に立って歩て、アンちゃんには届かない、ドアのノッカーを叩いてくれました。

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