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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
エピソード集3
123/433

迷子の隠れ家2

 意識を失っている少年をノリスが調べた所、知的障害を持っているようだと発覚した。障害を持っているだけならまだ良いが、何故かニナは人間としての躾をされていない。

 エナから話を聞くに、こう言う事である。

「ニナ、おうち。ベビー、ベッド、ずっと。さく、でる、と、なぐ、られ、る。でも、ニナ、ごはん、ない。おとさん、おかさん、ねむてから、ぬす、んで、たべる。エナ、ニナの、おも、らし、ぬの、で、ふく。ニナ、おといれ、お、ぼえ、ない。おとさん、おかさん、でか、けた。ニナ、おなか、へった。でも、ぬすむ、ごはん、ない。それで、エナ、ここ、つ、れて、きた」

 身長と体格から見た所、七歳くらいと思えるニナは、ベビーベッドから出る事を許されず、食事は両親が眠ってから盗み食べていた。

 が、ある日に出かけた両親は、食べられるものを残して行かなかった。それで、エナがご飯の食べれる所だと言って、エナをこの岩山に連れてきた。

 そう話を飲み込んだ霊媒とノリスは、エナのほうの知能指数を測ってみた。いくつかの項目を測定すると、指数は百二十。通常の人間よりやや知能は高い。

 であっても、元々躾をされていないニナから発生したエナも、地頭が良くても、喋り方や判断力は通常の子供より「劣ってみえる」様子だった。

 エナ達の生活の中では、他人のご飯を奪って食べるのも、お漏らしを毛布で拭くのも、当たり前だったのだ。

 霊媒の大声でショック状態になったニナは、暴れたのではなく「いつも通りに振舞おう」としたのだろう。しかし、そこまで社会性のない子供と言うのが、この岩山の中の子供達に馴染めるだろうか。

「あなた達を預かるのは無理かもしれない」と、霊媒が言うと、エナは困ったように眉間にしわを寄せて、「ごはん、ない。ニナ、しぬ。エナ、しぬ」と訴えた。

 霊媒とノリスは顔を見合わせ、考え込んだ。


 ノリスはエイデール国内部の小さな町を訪れ、子供用の下着の他、布のおむつを買った。それから、麻の袋を幾つか。麻袋は木の棒で叩いて柔らかくし、首と腕を出す所を加工してパジャマにする。

 その他に、鶏卵と牛乳と砂糖を買い込む。小麦粉はまだたくさんあったはずだ。

 タイガと打ち合わせをしていた喫茶店に立ち寄り、仕草と「なんでもない言葉」で情報交換をする。

 ノリスが買った物も、タイガはしっかりチェックしている。

 ノリスはアップルパイとココアをストレートで頼んだ。

「子供達が増えた。そして、私達は苦い思いをしている」と言う事らしい。

 タイガは「おむつが必要な子が増えたのか」と納得した。そうなると、年齢は二歳か三歳? と思って、紅茶のカップの中でスプーンを三回回転させてみた。

 ノリスはそれを聞いてから、自分の手元に来たココアのカップにスプーンを突っ込み、くるくると何度も回して見せる。チリンと鳴る音を数えると、七回。

 七歳でおむつが必要な子……と考えて、タイガは複雑な気持ちになった。


 ノリスが蜂蜘蛛の住処に帰ると、ニナは荒縄で縛り上げられていた。

「どうしたの?」と聞くと、「お漏らししながら抱きついてくるの。それに、台所の物を勝手に食べたり」と、ある女の子が迷惑そうに言う。「この子がいるとすごく大変」とも。

 縛り上げられたニナは、傍らにいるエナに視線を送るが、エナは少し俯いたままで縄を解こうとしはしない。

 ニナの認識としては、エナは絶対的に自分の思い通りを叶えてくれるはずだと考えているらしい。「エナ。エナぁ……」と、泣き出しそうな声で訴えかける。しかし、エナはニナの傍らにいるだけで、何もしない。

「エナ。二ナにおむつをつけるから、手伝って」とノリスが言うと、エナはようやく顔を上げ、頷いた。


 しばらく、赤子のように好き勝手をしていたニナだが、その度に縛り上げられていたら、「どう言う行動をすると縛られるのか」を学んだらしい。しかし自分の行動を自制できない。

 縛られたままでも、定期的にご飯もらえるようになった。しかし、彼は満腹になるまで食べるのをやめないと言う癖を持っていた。確かに、いつでも盗んで食べる事しかできないなら、食べられるうちに腹いっぱい食べておいたほうが、生存競争には勝てるだろう。

 ニナは与えられた分を食べ終わると、「もっ。もっ」と言って、お代わりを催促した。

 そして、「無いよ。それであなたの分は全部」と言われると、癇癪を起して泣き喚いた。「ニナ、たべる! たーべーるー!」と言って、物凄く騒ぐ。

 そんなニナの様子を見て、ある男の子が遂に怒り出した。

「お前、うるさい!」と言って、ニナの横面を拳で殴る。ニナは更に大声で泣きだした。ショック状態になったニナは、もう訳が分かっていないようで、「たべる」を連呼して騒ぎ立てた。


 そんな日々が二週間ほど過ぎ、霊媒もノリスも子供達も、すっかりくたびれていた。

 児童虐待を容認するわけではないが、体格と行動力は七歳なのに、頭の中が二歳児にもならない生き物の相手は疲れてしまう。

 子供達の中で、ヒソヒソと囁かれ始めたことがあった。霊媒とノリスがいない間に、ニナを遠くに捨てて来ようと言う計画だ。

 それを耳にしたエナは、また縛り上げられていたニナに近づき、話しかけた。

「ニナ。にんげん、に、な、ろう?」と。「もう、あか、ちゃん、じゃ、だめ、だよ?」

 ニナはエナの言っている言葉の意味が分からないらしい。「ニナ、にん、げん」

「ううん。ニナ、は、いまの、まま、だと、にんげん、ない。もっと、ちゃん、と、いきて、いける、ように、なろ?」

 ニナはしばらく考えてから、「エナ。ニナ、きらい?」と聞く。

「にん、げんに、なれな、い、ニナ、は、きらい」と、エナは答える。

「やだ。エナ、ニナ、すき、ある、ほ、うが、いい」と、ニナはわがままを言う。「ニナ、にんげん。エナ、は、ニナ、すき、ある」

「ニナは、みんなとなかよくできる?」と、急にエナはスラスラと喋り出した。「なかよくできないで、あばれるこは、にんげじゃない。どうぶつ」

「どう、ぶつ、ない!」と、ニナは叫んだ。そして、「エナ。なん、で?」と問いかける。

 なんで、エナが自分の思い通りに動かなくなったのか、を問いかけたようだ。

「エナは、もう、居なくなるよ」と言って、エナはニナの傍らから立ち上がった。そして、雪で出来た人形が溶け崩れるように、消え去った。

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