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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第三章~魔女の庭の片隅に~
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27.息も詰まるほどの

 ミドルシティに向かうまでの特急列車の中、ガルムは混みあっている車両内で、息苦しさを感じた。

 人間がたくさんいるから息苦しいと言うわけでは無いようだ。何か、今まで感じた事があるような、無いような、不思議な「暑苦しさ」を覚えていた。

 ねーちゃんが近くにいる時に似てる。

 そう思ったが、日頃の姉が発している、湿度のある花の香りのような穏やかな熱の流れではない。

 呼吸をする喉を熱で焼かれ、体中を熱風で燻されているようだった。

 食らうための獲物を蒸し焼きにしようとしている、残忍な調理人の竈を思い浮かべた。

 吊革につかまって立っている間、その気配は段々と強くなり、ガルムは制服のリボンタイを解き、襟元のボタンをひとつ外した。

 暑苦しくて仕方ない。顔に汗が吹き出てきて、それを何度も制服の手首で拭う。ハンカチは、だいぶ前に汗まみれになったので、鞄のポケットに追いやった。

 顔が赤くなり、喉が痛みだし、段々気分が悪くなってくる。眩暈がして、口で息をする度に、喉がヒリヒリした。急な風邪でも引いたように、状態が悪くなる。

「貴方、大丈夫?」と、前の席に座っていた、女性が、異常を察して声をかけてくれた。

「大丈夫……です……」と答えたが、頭の中が急に熱くなり、ふわりと体から力が抜けた。

 吊革から指が離れる。

 ガルムは、並木のように立っている乗客達にぶつかりながら倒れ、意識を失った。


 アンは、列車の中に居たガルムが倒れたのを察し、次のステーションが仕掛ける時だと確信した。

 車内の様子は透視できるが、走行中の列車は、車体から人が放り出されないための危険回避として、限定結界が備えられている。無理に列車の中から瞬間移動させたら、ガルムの体がバラバラになる。

 それを恐れて手出しできなかったが、意識を失った弟は、恐らくすぐに降ろされるだろう。

 車掌から次のステーションに知らせが行くまで、約五分。臨時停車をするのが三十秒。搬送車両が来るまで三十分。

 走行を止めた列車が限定結界を解き、人を集められて搬送車に乗せられる前に、ガルムを取り戻すこと。

 アンは飛翔のスピードを上げて、駅の上空に先回りした。


 公安と言う組織がある。公の安全を守る仕事とされている。

 一般人からの情報がいち早く手に入り、それを拡散する機能も長けている。

 故に、彼等はアン・セリスティアが、ドラグーン清掃局内で重大な規約違反をしたと言う事で、身柄を確保し、ドラグーン清掃局に送り届けるため、その情報を民間に言いふらし、愚直に働いていた。

 その弟も、姉が見つからなかった時に情報を得る手段として、確保する事になっている。

 公安は、自分達が悪い事をしているとは思っていなかった。

 雇用者に対して、規約違反をした「悪い奴」を、法の裁きの下に向かわせるために、真面目に仕事をしているだけだと思っていた。

 その足元に、黄緑色に光る何等かのエネルギーが渦を巻いている事や、自分達が休憩もせずに働いても全く疲れない事を、不思議に思う事も無く。


 列車の限定結界が解かれる。

 車両のドアが開いた瞬間、アンは運び出されて来たガルムに向けて、巨大な殻を展開した。

 固定結界と似た機能を持たせ、結界が、内側に対象を縛り付ける機能を利用して、ガルムの体のみを手元に引き寄せる。

 空中にさらった少年の体を、箒の柄の上に横座りに安定させ、守るようにその肩を抱きしめる。

 自分とほとんど同じ体格の少年を片手でかかえ、アンは片手運転の箒にまたがったまま、逃げる場所を探した。

 ネイルズ地方に逃げ込むことも考えたが、安全な新入ルートを探している時間はないだろう。

 心細さから、アンは唇をかみしめ、目の端に涙を浮かべた。頭の中の共存意識達は、そんなアンを励まし、気力を失わないように助言をくれる。

「何処か、人の少ない村に逃げ込んだら?」

「駄目だ。田舎はかえって目立つ」

「警察に見つかるのが一番危ない」

「邪気も追って来てる。そのまま飛び続けて」

「ミドルシティの先に、ノークシーって言う町がある」

「そうだ。あの辺りなら、公安の手も薄い」

 目の前から消えたガルムの体を探す者達の視線が、アン達を捉える前に、箒に乗った魔女はミドルシティを超えた先にある、港町に向けて飛び去って居た。


 以前受けた古傷が痛む。凍傷になりかけた事のある左腕が、ジンジンと冷たくなって行く。地面から影響してくる邪気が、魔力が急激に削り取って行くのだ。

 力を振り絞り、アンは列車より早くミドルシティ上空に辿り着いた。

 ノークシーの方向は? と考えて、夕陽が覆い始めた空から地面を見回していると、頭の中に別の声が響いた。

 ――アン・セリスティア。局への忠誠を忘れたのか?

 アンはビクッと体をすくませ、空中で止まった。ホバリングする箒と、アン達の体に向けて、追い風が吹いていた。それまで背を押していた風が、髪をもつれさせ、衣服と皮膚を叩く。

 ――ドラグーン清掃局は、お前に優遇処置を得させようとしている。何故、それを拒む?

「家を焼いて、弟を殺すことが、優遇処置?」と、アンは声に出して、何処から響いて来ているか分からない誰かの声に言い返した。「全く理解できない」

 ――理解する必要はない。

 ――お前の意識の中に起こる波を、我々は止めようとしているだけだ。

 ――ガルム・セリスティアは、その要因になると判断された。

 ――よって、魔力を封じ、処分を。

「ふざけないで!」と、アンは声を荒げた。

 ――お前に拒否権はない。

 ――アン・セリスティア。ガルム・セリスティアの身柄を引き渡す事を要求する。

 ――飛空隊、直ちに確保を。

 その念話を聞いて、アンは周りを見回し、恐怖から息を吞んだ。

 視界を遮る術を解除した飛行船が、前後左右から、威圧するように近づいてくる。

 近距離戦闘員としての、箒使い達も居る。彼等は、アンと同じく、空飛ぶ箒を使って素早い飛翔移動ができる。

 ミドルシティに向かっている途中で、アン達は既に包囲網の中に囚われていたのだ。

 アンは守護のための結界を展開し、飛空隊の接近を拒絶した。

 しかし、近距離戦闘員達が結界に取り付き、外側から魔力波を送ってくる。結界を砕くつもりだ。

 結界を纏ったまま移動するにも、魔力が尽きるまでの時間稼ぎにしかならない。

 魔力容量では「生きた爆弾」と言われるアンでも、二重三重に囲んでくる飛空隊を、弟を連れた状態で振り切る余力は無い。下降して逃げるにしても、地面は既に炙るような邪気が彼女達を呑み込もうと待ち構えている。

 意識を失っている弟を抱き寄せ、アンは悟った。

 「教え」に縛られている自分では、この状態を回避できない。

 ならば、どうする? 皮肉にも、ドラグーン清掃局の鬼教官の声が頭に再燃する。

 最良の手段を選ぶなら……。

 アンがそれを思いついた時、「みんな」は、風の精霊のように通りすがりながら、笑い、抱き寄せ、額や頬に口づけ、手を振ってくれた。

 風は、確かに彼女を、此処に導いてきた。

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