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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第三章~魔女の庭の片隅に~
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25.何故と言う前に

 お風呂上がりの子供達は、体を拭いて、洗って干しておいた服に着替えた。

 脱いだ服は自分で洗い、物干し場で、下の方から「温風」を起こして乾燥させている。

 霊媒とノリスは、来年で十歳になる子供達の身長と胴回りのサイズを測って、新しい子供服を手に入れる手はずを整えている。

 粗方の子供達のサイズは測り終えた。残ってるのは、ササヤと言う女の子だけ。

「サクヤ」と、ノリスはノートに子供達のサイズの記録を付けながら、着替えている女の子に声をかけた。「ササヤは何処?」

 肌着の上に衣服を着こんでいたサクヤは、「うん……」と、おぼつかなく応じる。「私も探してるんだけど、さっきから見当たらないの」

 ノリスは、子供達の頭を拭いてあげている霊媒と目を合わせ、首を傾げた。


 サクヤがササヤを見つけられなくなってから、ササヤは姿を現さなくなった。

 ノリスは、サクヤと話をするときに、彼女が放っているはずの「邪気」を、触診で測定した。

 濃度二百程で安定していたはずの邪気が、濃度二十程にまで抑えられている。それに代わるように、霊的な力と、他者に害を及ぼさない――邪気とは呼ばない――魔力の増幅が見られた。

 サクヤの「身を護る力」が落ちているのか、それとも何か別の原因があるのかと、ノリスと霊媒は話し合った。

「サクヤが、『安全な状態』になった事は考えられない?」と、霊媒は言う。

 ノリスは少し考え、「何故、サクヤだけが『安全』を得たのかが分からない」と返した。

 それもそうだ。此処に居る他の子供達は、まだ自分とうり二つの、双子のような守護幻覚達と共存しているのだから。


 心霊室での出来事を思い出しながら、アンは圧縮放熱を放つ、生暖かい列車に乗って家に帰ろうとしていた。

 席に座って、窓のふちに肘をかけ、頬杖をついて硝子窓の外を見ていると、ふと誰かと目があったような気がした。そちらの方に目を向けても、誰もアンを見ているわけではない。しかし、妙な胸騒ぎがする。

 居づらさを覚え、席を立って手すりのある場所まで移動し、外を見て緊張感を誤魔化した。

 その背に、貫くような視線を感じる。この気配は、偶然ではない。間違いなく、誰かがアンの様子を観察し、付けてきている。

 次のステーションで列車を降り、サンダルをペタペタ言わせながら、町の中を歩く。

 誰かの足音が……いや、誰か達の足音が、複数、アンの歩みと歩調を揃えて付いてくる。

 アンは試しに、町のパン屋に立ち寄った。外の様子をそれとなく観察しながら、パンを数個選び、代金を支払って商品の入った紙袋を受け取ると、荷物をリュックにしまってから店を出た。

 町の中の「風景」に溶け込んでいたうちの数人が、ゆっくりと動き出し、アンの後を付いてくる。

 気持ち悪い、と、アンは思った。頭の中のみんなも、声を潜めて、アンが違和感を聞き取ろうとしているのを邪魔しないようにしている。

 なるべくゆっくりとした足取りで、通りのマンションの脇を折れた。

 アンは手と足元に魔力を込めてジャンプし、二階の柵、三階の柵、と上の方に移動する。

 七階建ての建物の屋上に到着して、身を潜めながら地上を眺めた。

 追って来ていた者達が、アンを見失った場所に集まる。残存魔力を探している。「転送」を使ったのだと思っているようだ。

 アンを探している人物達は、デザインはそれぞれ違うが、全員、黒い服を着て、黒い靴を履いて、黒い手袋をしている。

 ドラゴンの紋章が縫い込まれている、黒い手袋。

 何故? と考えを浮かべたが、今は居場所を知られないうちに姿をくらましたほうが良い。

 リュックサックの中を漁ると、パンの紙包みの下から、透明なリップクリームが出てきた。

 こんなものしか道具がないが、下手な跡を残して追跡されるより良いだろう。

 そう思って、アンはリップクリームをクレヨンのように屋上の床に置くと、自分の周りに正円を描いた。

 指先に、気配の分からない程度の魔力を込め、リップクリームで描いた円に触れる。

 魔力の光が体を通過し、彼女の体は、自分の家の自分の部屋に移動した。

 この家の周りには、普段から結界を敷いてある。唯の悪意を持った者だったら、侵入できないはずだ。しかし、今回アンを追って来ているのは、所属している清掃局の局員達である。

 局に登録してある住所を知っているのだから、遅かれ早かれ、彼等は此処に辿り着くだろう。

 大急ぎでクローゼットから黒いコートを選ぶと、私服の上に着こんだ。壁にかけていた箒を手に取って、リュックサックを担ぎなおし、二階の窓の鍵を開ける。

 窓から飛び立とうとすると、油を焼く煙の臭いが鼻を突いた。家の周りに灯油がまかれ、火を点けられたのだ。結界で覆っていても、炎に囲まれれば煙と酸欠で身動きが取れない状態にもなるだろう。

 いよいよ、危うい事になってるみたいだぞ。

 そう悟りながら、アンは夕空の中に飛翔した。


 学校からの帰り道、ステーションを出たガルムは、数台の消防車が、勢いよく道路を通過して行くのを見た。何処かで火事でもあったらしい。

「ガルム!」

 小学校の頃の悪友が、消防車の向かった先から走ってきて、何か叫ぶ。

「お前んち、燃えてるぞ!」との事だ。

 ガルムは、この手の「オオカミ少年的からかい」には慣れてしまっているので、「へー。そうなんだ」と返して、のんびりと帰路を歩いていた。

 だが、遠くから焦げ臭い臭いがしてくるのに気づいた。自分の家に近づくにつれて、人が多くなって行く。向かってる方角から、濃い煙が漂ってきている。ガルムは背筋に冷たいものが走った。

 次第に歩が早まり、数ブロックを通り過ぎる間には、既に走り出していた。

 通りを息を切らせて駆け抜ける。道を折れて数十メートルの位置。木と石で作られている、古びた家が燃えている。

 灰色の石煉瓦の壁は、火炎に舐められて黒ずみ、家の内部は燃え上がっているらしく、窓の内側から煙が立ち昇っていた。

 確かに、その家はガルムとアンの住んでいた家だ。だが、家事にしてはおかしい。内側から火が出たと言うより、家の周りにある隣家との隙間から火が出て、内部を蒸し焼きにでもしているかのようだ。

 何より、辺り一面に、隠す気も無いような灯油の臭いが立ち込めている。

 放火としか思えない惨状に、ガルムは誰に物を聞こうかしばらく混乱していた。

 消防士達と一緒に、警察官らしき人物達が車を停めていたので、それに近づこうとしたが、急に頭が痛くなった。

 ――ガルム君。

 頭の中で、姉の声がする。

 ――すぐに、其処から逃げて。なるべく遠い所へ。警察官に捕まらないように。

 何故、家を燃やされたほうが逃げなければならないのか。そう聞きたかったが、姉が不得意な遠距離の念話を使ってまで、逃げろと伝えて来たと言う事は、それが確実に必要な事態なのだ。

 ガルムは後ろを何度も振り返りながら、今来たばかりのステーションの方角に走った。

 がやがやと集まってくる野次馬達の対応に追われ、警察官達がその背に気付かなかったのは、幸いだっただろう。

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