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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第一章~死霊の町の一週間~
11/433

11.改造完了

 水曜日昼十一時

 高濃度の邪気の漂う町の中に在るとは思えない、衛生的な宿泊施設に到着した。

 アンは、あてがわれた浴室付きの部屋で、綺麗なお湯の出て来るシャワーを浴び、アロマの香りがする石鹸とシャンプーで体を洗う。

 湯船に湯を溜めて、連日の労働で凝っている体をほぐす。

 お風呂と言うものは、こんなに有意義な文明であったか、と骨身にしみるような思いを抱きながら、二十分ほど湯に浸かった。

 浴室の外で、ランドリーが動いている。カプセル型の箱の中に水と洗剤を入れて、係の精霊に霊石(チップ)を渡すと洗濯をしてくれる、魔力文化圏ではよくある装置だ。

 清潔なタオルで体を拭く頃には、着てきた服が洗濯から乾燥まで済んでいた。

 早速着替え、腰の辺りまである髪の毛を、熱風をかけて先端からブラシで梳かす。

 髪が一通りほぐれるまで三十分。風呂に入っていた時間とほぼ同じ時間を髪の毛の手入れに費やしてしまった。

 服のしわを正してから、乾きたてのマフラーを首に回し、壁に立てかけていた箒を手に取って、部屋の外に戻った。

「あれ? 眠らなかったの?」と、ウルフアイ清掃局員である女性が聞いてくる。明るい茶色の髪を一纏めのお団子に結ってる、琥珀色の瞳の女の子だ。年頃はアンと近い。

 アンは、「はい、ロランさん。お風呂だけで疲れは取れました」と答えた。

「ふーん」と、ロランは答え、「貴女さぁ」と言ってくる。

「みんなをファミリーネームで呼ぶけど、なんかそう言うの、慇懃無礼じゃない? 特に私、ファーストネームなんだかファミリーネームなんだか分かんない名前してんだから、『モニカ』って呼んでもらった方が、全然気楽なんだけど」

「あの……」と、アンは言いかけて口を閉じ、しばらく唇をふわふわ動かした後、「それじゃ……、モ、モニ……」と、きょどりながら相手の名前を呼ぼうとする。しばらく黙ってから、「モニ……カ」と、呟くように声にした。

 その様子を見て、透き通った瞳の女の子は、意地悪そうにニヤッと笑い、「何々? ドラグーンの人はコミュニケーション障害でも持ってるのかい?」と、絡んでくる。

「モニカ。他所(よそ)の局の人を揶揄わない」と、鋭く男性の声がした。「うちの局全体の信用問題になるんだからな」と言いながら、廊下の向こうから、眼鏡をかけたユニフォーム姿の男性が歩いてくる。

 モニカの上司らしきその人は、「悪いね。この子も、年の近い子と話すのは久しぶりだからさ」と言う。

「えー? 私、別に、じゃれてたわけじゃないですけど?」と、モニカは口を尖らす。

「そうか。じゃれてたわけか」その上司はモニカに言う。「君の反論は、『そう言う事ですよ』の意味だ」

 モニカは不服気な表情をしたが、何も言わずにその場を撤退した。


 モニカとアンの間に入ってくれたのは、ノヴァ・ワルターと言う、これもファーストネームとファミリーネームが分かりづらい名前の人物だった。黒い髪と、青緑の瞳をしている。切れ長の目元が涼やかだ。

 彼は言う。

「ウルフアイ清掃局からは、合計五十五名がこの仕事に参加してる。東側地区にはシェル・ガーランドと、ギナ・ライプニッツが配属されてる。

 二人から、ドラグーン清掃局から良い人材が来てるって聞いたんで、一度会ってみたかったんだ。それで、もし見つけたら呼んでくるように言っておいたんだけど」

「ガーランドさんには、会った事があります」と、アンは応えた。「発電所に潜入して、情報を持って来てくれました」

「ああ。ニュースブックに書いてあったね『企業秘密』って」と言って、ワルターは口元を笑ませる。それから、「君も、『企業秘密』とばかり書いてあって驚いただろうけど、何処でどんな霊体に見られてるか分からないから、直接話が出来る事以外は伏せるようにしてあるんだ」と続けた。


 水曜日昼十三時

 お昼ご飯までごちそうになり、すっかり「準備万端」になったアンは、マフラーに口元を埋め、箒を構えて「前線」を進み始めた。サッサッと箒で道を履くように、邪気の蔓延っている範囲を削る。

「へぇ。普通に道の掃除してる」と、ウルフアイ清掃局の一人がアンを見て言う。「あれで『浄化』が出来るって、相当だな」

「実際、邪気が綺麗になって行ってるしな」と、別の局員も言う。「ドラグーンの名前は伊達じゃないのか」

「感心してないで。君達もそろそろ交代の時間だ」と、ワルターの通信が、休憩中のウルフアイ清掃員に送られる。

「もう一度、目的を確認する。我々の早急な任務は、エム・カルバンの確保。もしくは、削除。削除は、エム・カルバンが暴走を起こそうとした時のみ。彼を『正気』の状態に戻す事も我々の仕事だ」

 それを聞いて、局員達は「了解」とだけ答えた。情け深い上司であるワルターの事を、読みが甘いとさえ思っていた。腹の中に邪気を溜めこんで居る子供なんて、術でパチンと眠らせて、解剖室に連れて行けば良いのに……と。


 水曜日昼十四時

 改良案を聞いてから、不休でほぼ四時間、マーヴェルは試作機の改造を行なっていた。

 外から見えていた装置全体に更に殻を取り付け、手に持って方向を定められる、ホースをつないだモップ状の吸引口から、邪気や死霊を吸い込む方法を取り入れる。

 吸引口から吸い取られた邪気は、一定の流れを作り、使用者の呼吸や行動を制限せずにコアに吸い込まれる。

 仕上げに、殻と持ち手の継ぎ目を閉じ、一度スイッチを入れてバルブが正常に機能する事を確認した。

「よし」と頷いてから、出来上がった機器を手の平で軽く叩いた。


 アンは一時間のお掃除を経て、通ってきた道に、いつもの方法で結界を施した。

「休憩、どう?」と、背後からナズナ・メルヴィルの声がする。片手に、缶に入ったドリンクを持っている。アンは笑顔を向け、「ありがとう」と言って缶を受け取った。

 二人は綺麗になった道路の上に腰を下ろす。

「もっと、魔術で一気に綺麗にするのかと思ったけど、細かい仕事してるんだね」と、メルヴィルは言って、もう片手に持っていた自分用のドリンクを傾ける。

「うん。掃く時に幾つかの魔力を込めてるの。それが、私の場合は『浄化』と『封印』って言う力で発動するんだ。最後に結界を張るのは、状態維持のため」と、アン。

「へー。私達は、みんな個別で訓練してるけど、一番『清掃』が上手い人は……モニカかな。若い分、パワーがあるんだよね、彼女」

 苦手な人の名前が出てきて、アンはちょっと表情がひきつった。ひきつった表情を笑ませようとして、口の端がピクピク言う。

「モ……モニ、カ、は、どんな風に『掃除』をするの?」と、聞く声も震える。

 アンの様子に気づいて、メルヴィルは「ああ、あの子に絡まれたんだ」と言って、笑顔を作った。それから困った表情になる。「何か、ずけずけ言われたんでしょ?」

「うん……。ファミリーネームで呼ぶのは慇懃無礼だって」

 そうアンは言って、「実際、この国ではおかしな事だって分かってるけどね」と付け加えた。

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