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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第三章~魔女の庭の片隅に~
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23.消えてしまう子供達

 その女の子は双子でした。

 ですが、何の変哲も無い子供と言うわけには行きませんでした。

 彼女は生まれた時から魔力を持っていて、お母さんのお腹の中にいた時には、もうその力を発現していたのです。自分の身に起こる危険から自分を守るための、不思議な魔力――邪気――を発していたのです。

 それは、守護幻覚と言う現象名がついている、魔力を発している者とうり二つの別人を作り出す幻覚症状でした。

 普通の幻覚と違う所は、別の人にもその幻覚ははっきりと見えて、まるで双子の女の子――ええ、それは何故かいつも女の子の姿で現れるのです――を連れているように見えるのでした。

 遡ると、丁度、十四年前から、その守護幻覚を発症する子供達は増えていたようでした。

 何かから身を守らなければならない。それが一体何なのか、その事を調べている人は、確かに存在しました。

 ヤイロ・センドと言う名前の、名前だけ聞いたら誰だかわからない、東の国の研究者でした。


 クオリムファルンと呼ばれている世界があります。明識洛とでも訳したらよいのでしょうか。それ以外の近しい言葉を、ヤイロ・センドは必要としませんでした。

 ずっと西の方の、大陸から切り離された島国です。島国の人が時々そうであるように、その国の人達の中には「世界はこの大地のみで完結している」と思っている人達もたくさんいました。

 その西の国で、情報を商材に使う人達は、世界一周を目指した船団の生き残りから、東の彼方にも大陸から切り離された島国があり、そこに「政治機構」の存在する文明がある事を聞き出しました。

 情報屋は、クオリムファルン全土にそれを伝えました。

 世界が陸塊で完結するのであれば良かったのですが、クオリムファルンから船を出せば、すぐ東側には別の巨大な大陸があります。

 その大陸は無数の文明があるのに混沌としていて、争いと病魔と飢饉との中を、時々訪れる争いと病魔の終結や豊作の時を願って、各地に人々が暮していました。


 クオリムファルンのある発明家の作り出した、魔力を圧縮して、それが解放されようと反発する力を利用した、「圧縮機関」と言う発明品にがあります。圧縮魔力波が連続的に縮んだり膨らんだりする力を利用して、ピストンを動かすのです。別名を、縮力機関と呼ばれました。

 それによって、高速で糸を紡いだり、紙を作ったり、光や熱を生みだしたりする装置が生まれました。

 それにより大量の商品が生み出され、縮力機関を積んだ特急列車は、瞬く間に港や牧場や生産工場と市場店を繋ぎました。高速で走る縮力船が作られたのは、その後です。

 港町でしか手に入らなかった新鮮な魚や、自宅で鶏を飼わないと手に入れられなかった新鮮な卵や、近くに屠殺場が無いと手に入らなかった新鮮な肉が、何処でも簡単に手に入るようになり、販売経路が限定されすぎていたために、行き場を無くしていた野菜や小麦も、市場に並ぶようになりました。

 時代が下ると、町には市場店が建設され、縮力列車で運ばれてきた、新鮮な食品が、常にその店の中に並ぶようになりました。


 ヤイロ・センドの父親は、クオリムファルンの人でした。

 母親は、ヤイロの父親が旅をしていた、ヤハトルーアと言う東の島国で出会った、遊女でした。

 ヤイロの父親は、我が妻にと選んだ女性の身請け金を払い、黒く長い髪の美しい乙女と、彼女との間に出来た自分の子供を、母国に連れて行こうとしました。

 しかし、ヤイロの母親は、「あなたの世界について行く覚悟はあります。でも、この子がせめて自分で歩けるようになるまでは」と言って、夫を引き留めました。

 そこで、ヤイロの父親は、自分が教師としてヤイロを躾け、母親の愛がある世界で子供を育もうと決心しました。

 ヤイロが一人で歩けるようになる頃、ヤイロの住んでいた国で、クオリムファルンへの渡航が禁止されました。父親は、妻と娘に、自分の故郷を見せられないことを大いに嘆きました。

 それから、ヤイロの髪の毛を切らせました。ヤイロをセンド家の後継ぎとして育てるためです。父親が妻を娶った国では、女に学問を学ばせると言う習慣があまり無かったのです。

 その日から、ヤイロ・センドは男性として生きる事に成りました。

 ヤイロの父親は、ヤハトルーアの首都の一等地に、大きな邸宅を構えました。

 その邸宅の中に、自分しか出入りしない書斎を設け、当時は珍しかった遠距離通信機や、タイプライターを使って、一日中、何かを記述し続ける仕事をしていました。

 それでも、時折、書斎の中から出てきて、ヤイロに授業をしました。

 その時に、ヤイロは読み書きと計算の他に、不思議な力の使い方も学びました。そしてそれらの知識は、決して「ひけらかしてはならない」と諭されました。

 ドレスで着飾った母に連れられ、社交界に出かけた時も、ヤイロは男装をして、言葉は話さないように言い聞かせられました。ヤイロの声を知っているのは、父と母と執事だけでした。

 ヤイロは沈黙する間に、考え事をするようになりました。誰かが、この小さな貴人の存在を気にして声をかけると、ヤイロは曖昧な笑みを浮かべ、首を横に振るのでした。

 

 それから何十年がたったでしょう。父と母は亡くなり、子供の頃から付き添ってくれる執事だけが、ヤイロの声を知る人物になりました。

「お前は、私が双子だったらどうしたかね?」と、ヤイロは執事に聞きました。

 執事はしばらく考えてから、「とても賑やかなご家族だったと想像します」と答えました。

「本当の幸福が訪れたら、消えてしまう子供でも?」と、ヤイロは謎のような事を続けました。「父の残した研究が、分かり始めてきた所なんだ」


 ヤイロは一日の半分を、書斎でタイプライターを打つ仕事に費やします。

 手書きのメモや、信憑性のある情報屋のニュースペーパー、共同で研究をしている仲間達からの情報を纏めているうちに、一つの謎が見えてきたのです。

 明識洛での「妖の気」の増加。多数生まれる魔力を持つ子供達。

 十四年前に明織洛の町で起こった大地震。数年前に、ある鉱山の町から逃げ出した者達が「運んで行った」邪気の行く末。

 そして、山間の町や村からの子供達の失踪事件。

 明識洛では何かが起こりつつある。

 ヤイロはライプライターを打つ手をとめて、思索にふけりました。これ以上は、言葉に残して良い事ではないと判断したのです。

 それから、執事に旅行の手はずを整えさせました。大陸を渡る列車と帆船に乗っての、気の遠くなるような長い旅行の計画です。

 ヤイロには、一つの推論がありました。

 誰かが、この世界を作り替える事を願い、誰かが、それを食い止めようとしている。

 それが何者なのかは、ヤイロは言葉では表しませんでした。だからこそ、ヤイロは生き延びて、明織洛の地を踏むことが出来たのです。

 ヤイロが生まれてから、およそ七十年。そして、ヤイロの父が研究を始めてからは、九十年の長い時間がかかってからの事でした。

 ヤイロは明織洛の小さな波止場で、父親の故郷の風を吸い込みました。そして、自分が秘めている言葉を告げるための、一人の少女を探し始めました。

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