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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第三章~魔女の庭の片隅に~
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21.ササヤとサクヤ

 遺体は埋葬され、地面が乾き、軍人達は居なくなり、蜂蜘蛛の住処には穏やかさが戻った。

 明日には術を畳む予定の根城の中、重装備の軍隊と一戦交えると言う働きをしてくれた雇われ人達に、アンは大粒の金剛石と良質な鋼玉を革袋に詰めて支払った。

 中身を確認して、雇われ人達は口笛を吹いたり、ニヤリと笑んだりする。

 ライムが握手を求めてきた。アンはぎこちなく手を差し出し返す。ライムはその手を握り、「まるで自分が超人になったみたいな戦いで、楽しかったよ」と言う。「この『保護』の影響は、そのうちなくなるのか?」

「はい。たぶんもう、一週間も続きません」と、アンは答え、教えた。「でも、少なくとも一週間の間は、魔力が増幅した状態にあるので、気を付けて下さい」

「何に気を付けるの?」と、ショラと言う名の女性の術師が聞いてくる。

 アンは普段自分が気を付けている事を述べる。

「以前もお話した、浄化と封印に関する力が、とても狂暴になります。ちょっとした術を使おうとしたり、ちょっと力を込めたつもりだったとしても、誰かを殺しちゃうかもしれないので。

 細かい魔力を使う動作をする時に、特に気を付けて下さい。最悪、握手をする時に念がこもってたりすると、相手の頭が……物質的に爆発したりします。常にリラックスするよう心がけて下さい」

 さらりとアンがそう言うと、十五名の顔色が悪くなった。

「一週間は、休暇だと思ってゆっくりするわ」

 そうショラは言うと、足元に蛇除けの術を掛ける。相変わらず、鋼鉄で固めたような結界が発生する。

 雇われ人達は、革袋を夫々の荷物の中に詰めて、根城を後にしようとした。

「あ!」と、アンが気づいたように声を上げる。

「白霧森に行くと、その暴走が抑えられるかもしれません! 特に、えーと、鸚鵡のディネーラが居る宿屋に泊まると。そこで一週間くらい連泊するのをお勧めします!」

 その声を受け、雇われ人達は個別の移動手段で白霧森を目指す事になった。


 岩山の中。蜂蜘蛛の住処に居る子供達の一部が、フライパンで砂糖を煮溶かして、カラメルを作っている。

「もうちょっと焦がす?」と、ある子が言う。

「あんまり焦がすと苦すぎるよ」と、別の子が言う。

「だけど、前は薄すぎたよね」と、他の子が言う。

「それじゃぁ、蜂蜜を足そう」と、フライパンを操っている女の子が言う。

「ササヤ。お砂糖と蜂蜜って混ぜて良いの?」と、最初の子がフライパンの子に聞く。

「分かんない。だけど、もうお砂糖ないじゃん」と、ササヤと言う女の子は答える。

「カラメルソール出来た?」と、鶏卵を割っている子供達が声をかけて来る。

「今できるところ」と、フライパンのほうに集まっている子供達が声を揃える。

 彼等は今、カスタードプディングを作ろうとしているのだ。

 熱と水に強い木を加工して、プディングの型を人数分用意した。好い香りのする木を探す所から始まって、割ったり削ったり洗ったりと苦心したプディング型は不揃いだが、みんなは「夢のように美味しいプディング」が食べられることを期待している。

 プディング型にカラメルソースを敷き、卵と牛乳と砂糖とバニラを泡立たないように混ぜたものを、お玉で注ぎ入れる。そして、薄く湯を張った大鍋にプディング型をならべ、布巾で包んだ蓋をする。

「後は待つだけー!」と、料理係をしている九歳の女の子が言う。彼女はフライパンを操っていた女の子とそっくりだ。

「サクヤ。時間見るのどうやるの?」と、その女の子に、年下の男の子が声をかけて来る。振り子時計を見ているが、針の読み方が分からないらしい。

「時計の尻尾が右に行って左に戻ると、一秒経つの」と、サクヤは答えた。「時計の長い針が……今、五の所だから、十一の所に行くまで、ずっと見てて」

「十一は、六つ先だよ? 六十分も待つの?」と、小さい子達は待つ前からくたびれた声を出す。

 六十分と言う時間がどのくらいかは分からないが、「待つだけだとすっごく長い」と言う事は分かるのだ。

「ううん。時計は一つ数字が進むと、五分進んだことになるの」と、サクヤは言う。「六回、五分が来るから、全部足すと三十分。あなた達が思ってるより、半分の時間で済むの」

 難しい話をされても笑顔のままの子供達のやり取りを見て、若い蜂蜘蛛が「賑やか。嬉しい。なぁに?」と聞いてきた。

 人間の子供達は、自分達の知っている事を知らない蜂蜘蛛の子に、「プディング」と言う美味しいお菓子の話をしてあげた。


 洞窟の奥にあるノリスの部屋にも、子供達はプディングの入った器を持ってきた。

 どれだけ注意して掻き混ぜても、濾し網を通す事が出来なかったので、プディングには気泡が入っている。

 木を抉って作ったスプーンで、プルプルしているけどボソッとした口当たりの、不思議なプディングを口に運び、ノリスは「美味しい」と言う。

 実際、この洞窟生活で食べるものは、何でも美味しい。食事は長い時間をかけて用意して、本当にお腹が空くまで何も食べれないと言う、究極の調味料が利いているのだろう。

 ノリスにプディングを渡した子供達は、満足したと言う笑顔を見せて、煮炊き場の方に戻って行った。

 入れ違いに、霊媒が、ノリスの持っている物とよく似た木の器を持って奥の部屋に来る。

「貴女ももらった?」と、ノリスは霊媒に声をかける。

「毒味役にされた」と言って、霊媒は苦笑いを浮かべた。ノリスの部屋の中に在る、椅子代わりになる岩のでっぱりに座り、「ササヤの事は、どれだけ分かってきた?」と、ノリスの膝の上にある水晶版を指さす。

「ええ……。とても特殊な『守護幻覚』であることは分かって来た」ノリスは食べかけの器を、岩の壁を掘って作った棚の凹みに置く。

「生まれた時からサクヤと共存していて、両親もササヤの存在を認識している。双子の姉妹として育てられたけど、邪気の気配は断てなかったみたい。

 両親がササヤを不気味がって、それをかばおうとするサクヤも虐待を免れなかった。三年前の早春に、二人で水を浴びせられた状態で庭に追い立てられて……凍死しかけた時に、ササヤが『温かい世界に行こう』と言い出した。そして此処へ」

「そう……」と言って、霊媒は考え込む。「この住処(くに)や女王達が、『守護幻覚』を起こしている子供達の逃げ場になっている理由は?」

「それも調べてるけど、究極を言うと、この洞穴のある場所が『絶対的に安全な場所』であるとされているからかもしれない。クオリムファルンで起こっている異変から、一番守られる場所だって」と、ノリスは仮説を解く。

「実際、その……貴女の来た国では、異変が起こってるの?」と、霊媒は続けて聞く。

「ええ。国中で、邪気の濃度が急激に上がっている場所があるの。三ヶ所は浄化が出来たみたいなんだけど、一ヶ所、千人規模の人材を送っても浄化できない場所がある」

 ノリスがそう答え、霊媒が「それは……」と、次の質問を投げようとした時に、子供達が再び顔を出した。

「アンが帰ってきた!」と言って。

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