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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第三章~魔女の庭の片隅に~
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19.追跡者

 セラは、「貴方にとってカオン・ギブソンとは?」と、カウンセラーに尋ねかけられたことがある。

 軍の隊員達が精神的に健康であるかを調べるための、簡単なカウンセリングの時だ。

 一年に一回のカウンセリングの度に、「蜂蜘蛛」達への調査がどれだけ進んでいるかを口にし、蜂蜘蛛に操られているカオンをすぐにでも助け出さなければと訴えていたため、先の質問がされたのだ。

「妹だ」と、セラは答えた。

 カウンセラーは目を瞬き、「それだけですか?」と訊ねた。

「ああ」と、きっぱりとセラは答えた。

 カウンセラーはそれ以上追求せず、全員のカウンセリングが終わってから、その時に記録したセラの様子を――ガートを含む数名の――軍医術師に報告した。

 妹みたいなもの、ではなく、妹と断言し、陶酔したような表情を浮かべていた。そして、彼がカウンセリングルームにいる間に、邪気測定値の濃度が六ほど上昇した。

 濃度二から三の増加なら、大して驚くものではない。しかし、常に正常値であることを心がけている部屋の中の「通気」に、ほんの数分間で濃度六の上昇を見せる程の邪気を、セラは心の中に内包していた。

 彼本人は、その心を邪悪なものだとは思っていないのだろう。だからこそ、語気に不穏な力強さを残す。

 報告を受けた軍医術師達は、セラが関わっている仕事に関して、疑いを持つことを心掛けた。

 そして、セラの周りで仕事をすることになった人物達に、それとなく警告を出した。

「軍の中に、邪気をばらまいている内通者がいるらしい」と言う、本当の事ではないが嘘でもない、あくまでグレーな情報を流したのだ。

 その時、既にヴァンの様子を観察する仕事をしていたノリスは、「守護幻覚の導く場所に潜入する」と志願した。

 その希望は叶えられ、ノリスは守護幻覚を発症していた、彼女の親戚の子供と一緒に、守護幻覚ヴィヴィアンに導かれて、その先に旅立った。

 予想通り、新世代の蜂蜘蛛の住処と、そこで働いていたカオンを発見できた。

 結果、ノリスはセラが発している邪気に影響されない範囲に逃げられた。

 ノリスに接触するため旅歩くようになったタイガも、多少の危険を免れた。タイガと交流が無くなる事で、彼の兄貴分のウィードも正常な意識を保っている。

 一番セラの邪気による危険があるとすれば、彼に情報を渡していたタイガだ。

 ついさっき、ガートは、医務室に来たタイガの体と意識に邪気が巣くっていないかを、それとなくチェックしたが、今のところは平常状態であるらしい。

 もし、この後、タイガがセラから「邪気による精神的な攻撃」を受ける様だったら、意識に混乱を起こすかもしれない。

 それを案じていたので、ガートは十時間維持を望まれた状態保存の術の他に、別の術も仕掛けておいた。

 その術の起動が必要な事にならなければ良いが、と思いながら。


 タイガが新しい情報のためのプレゼンテーションをすると言うので、セラは訝しみながら会議に出席した。

 普段だったら、タイガ本人が会議で言葉を発することは無い。まだ入隊二年目と言う若さのせいもあるが、タイガはどちらかと言うと「隠密行動」のために、隠される役職についていたからだ。

 セラは前もって、ブレインに入力しておいた情報を確認した。

「蜂蜘蛛。濃度千七百程の、高濃度の邪気を発し、獣の肉を食う魔獣。人語を解する。蜂の本能に従って行動しており、膨大な数の子孫を増やす。

 その邪気によって人間の意識を乗っ取り、自らの従僕と成す。腹から放つ糸で、獲物をからめとったり、身を護る繭のような物質を作り出すこともある。

 現在、カオン・ギブソンは蜂蜘蛛に囚われ、ノリス・エマーソンが蜂蜘蛛の住処に潜入中。

 カオン・ギブソン、ノリス・エマーソンの両名とも、蜂蜘蛛の持つ高濃度の邪気により、意識を侵食されている。エマーソンは蜂蜘蛛に害はないと言う錯覚に陥り、人質の解放を拒んでいる。

 人質の中には、クオリムファルン全土から集められた、幼い人間の子供達も含まれる。彼等は蜂蜘蛛から譲り受けた邪気を放ち、幻覚の中で生きている。彼等には邪気からの、一日も早い解放が望まれる。

 蜂蜘蛛の縄張りと影響力は、クオリムファルン全土に広がりつつある。種族としては非常に危険であり、早急な処分が望まれる。人質達には、邪気のない清浄な環境での、精神的な治療が必要である」

 何処を見ても、完璧な情報だ。蜂蜘蛛を、発見された当時のままの悪役として、カオンはその人質として囚われているとし、ノリスの信用は無くしてある。

 何年が経とうが、俺は許さない。奴等を根絶やしにしてでも、カオンを取り戻す。

 そのためには、奴等は凶悪である必要がある。子供をさらい、ノリスを洗脳し、今もクオリムファルンの異常に乗じて、生存の規模を拡大している、凶悪な魔獣でいてもらう必要がある。

 セラがタイガから受け取った本来の情報では、カオンの働きで新しい世代の蜂蜘蛛達は無害化している。そして、カオンも蜂蜘蛛達の生存に関わる事を、自分の意思で良しとしているそうだ。

 馬鹿馬鹿しい、と、セラは腹の中で呟き、鼻で笑った。カオンは病んでいるんだ。蜂蜘蛛達からの邪気の侵食を受けて、まともな人間としての思考力を奪われているんだ。

 あの清掃員の女も、二年前にそう言っていた。それを押し通して、蜂蜘蛛には全滅してもらわなきゃならない。カオンが自分の意思で心酔する者を得るなんて、あり得ない。

 彼女は昔から、臆病で、恥ずかしがり屋で、友達も少なかった。俺が話しかけてやると、顔を真っ赤にして、声を震わせて答えてたな。あの小さなお姫様が、魔獣の手下で居る事を好むはずがない。

 そう思いなおすと、自分の「訂正した情報」は、ひどく的を射ているように思えた。

 そうだ、ノリスも、集められた子供達も、みんな邪気で狂っているんだ。カオンと一緒に保護したら、病院に入ってもらって、毎日見舞いに行ってやらなきゃ。

 セラの頭の中では、「泣いて許しを請うカオン」の姿が固定化されている。それを叶えるために、セラは思考し、行動していた。


 会議室に人数が集まってくる。以前、要塞に立てこもっていた蜂蜘蛛を殲滅する時に、作戦の指示を出す隊長を務めていた「大尉」も、今は「少佐」として会議に参加している。

 少佐は、個人の意思で調査を進め、部隊の編成が出来るような立場になると同時に、責任も増している。蜂蜘蛛に関する、最も新しい情報を得る機会を逃すわけはない。

 参加する人数が全員集まってから、シルクスクリーンの右端に立っていたタイガが、マイクロフォンの調節をし始めた。

 その時、セラは「なんだか嫌な感じ」を受けた。タイガの居る方向から、何かの力の影響があるような感覚がする。

 例えば、物凄く邪念を込めた魔力が、微弱に放たれているような感覚だろうか。

 しかし、タイガの表情はさっぱりしたもので、何かを念じているようにも、セラに対して悪意のある術を備えているようにも、見えない。

 マイクの調節が終わってから、タイガは手元の水晶版を操って、資料の映像をスクリーンに照射し、「それでは、これより報告を始めます」と語り出した。

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