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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第三章~魔女の庭の片隅に~
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15.荊の道に花咲くことを

 雨季には湿地帯になる湿原の中に、わざわざと彼等は駐屯所を作っていた。

 どうやら、此処から基地との通信を取っているようだ。

 軍が補給所にしようとする、通信を山に邪魔をされない拓けた場所と言えば此処だろうと思っていたが、予想は的中した。

 歩行用の踏板を無視して作られた駐屯所のテントは、乾季で表面に皹を見せている地面に、鋭く杭を打っている。

 自然破壊、と、アンは頭に言葉を浮かべた。しかし、そんなことを考えている場合ではない。後方部隊は、駐屯地まで正確に「伝言」を告げることは無かった。

「邪気侵食された妖精が、数体飛んできた。『話し合いをしよう』とかなんとか言ってたな。完全に虫に操られてる」と言う通信が、アンの耳にも聞こえてくる。

「先行部隊がポイントを見つけたら、邪気を放つ個体の破壊を」と、駐屯地の通信兵は言う。

「一人、頭を食われた。先行部隊の人数は十九人に減った」と、後方部隊。

「新しい蜂蜘蛛の個体も、狂暴性を持つと判断できるか?」と言う問いかけに、「実際に頭を食われた奴を見ればわかる」と言う返事が返ってくる。

 アンは、そのやり取りを聞いて、心がどんどん冷たくなって行く感覚を覚えた。感情も感覚もひどく冷静に、そして冷淡になって行く。

 逆説として、と思考が思い浮かぶ。誰かが蜂蜘蛛の頭を引き千切っていたら、そいつは「英雄」だったのか? と。

 一辺倒にしか物事を見られない情報だけを得ようとする者達を、アンは冷めた目で見つめた。


 子供達が走って行った足跡を追って、先行部隊は森の拓ける場所まで来た。この後、高い岩山を登れば、何処に住処があるかは見て取れるだろう。

「来た」と、目のよく利く子が、岩の陰に身を隠しながら、先行部隊の姿を見下ろして振り返り、囁く。

 ヴァンとヴィヴィアンが風を起こし、ジュノとジャネットが水の塊を空中に浮かべる。その大量の水の塊に、蜂蜘蛛の数匹が力を込める。

 突風が先行部隊を襲い、大粒のスコールが降り注いだ。強力な酸と同じ性質を持った、人間にとっては忌まわしき慈雨である。

 雨に叩かれたアーマーや皮膚に異常を感じ、先行部隊は陣を崩した。彼等は慌てて森の中に引いた。すると、雨は森まで追って来ない。

 しかし、誰かが森から岩山のほうに出ようとすると、スコールは断定的に襲い掛かってくる。

「此処が住処の近くであることは確かだな」と、軍人達は血の汗を流しながら、辺りの岩石地帯を睨む。「邪気測定値は?」と、兵士の一人が、後方の者に問う。

「濃度十七」と、測定器を持っていた兵士が言う。「壊れてるのかな?」とも。

 一般の町の中の邪気は、薄い場所で十以下、濃い所でも二十程度である。濃度十七は、確かに町の中の邪気としたら濃いほうだが、人間の意識を乗っ取るほどの邪気を発する物がたくさん住んでいる場所としては、全く「話にならない薄さ」なのだ。

「予備は?」と、測定値を聞いた兵士が言う。聞かれたほうは荷物持ちの兵士のザックから、別の高性能な測定器を取り出す。

「十六と三分(さんぶ)。治安の悪い通りくらいの濃度だ」

「さっき始末した蜂蜘蛛の邪気測定はしたか?」

「ああ。だけど、数値がおかしくて……。濃度十一くらいしか表示しないんだ」

 兵士達は酸の雨と血の汗をぬぐい、体に状態回復をかけながら話し合った。

 一帯に、邪気測定値を壊すような異常な術がかけられている。恐らく、蜂蜘蛛の住処を特定させないために、誰かが仕込んだのだ、と。

「森の上空に居たやつは、蜂蜘蛛だったのか?」

「形状としては人間です」と、とりわけ年若い兵士が答える。「飛翔者が結界を使う様子が記録できたのですが、力の性質が、やはり異常なものでした」

「どんな邪気だ?」と聞かれ、その若い兵士は答えた。

「いえ、神気に近いものです。ある種の魔神では無いかと推測されます。西の渓谷で、ルイザ・ケリー達が魔神と接触がした記録もあります。蜂蜘蛛が魔神達に実験的に作られたものだと考えると、彼等の庇護を受けている事は確実かと」

 どうやら、一辺倒にしか考えられない彼等には、蜂蜘蛛達の存在は、自分達の世界の存続に関わる由々しきものであるとしか思えないようだ。


 山を越えた隣国に、ローズマリーは引っ越しをしている最中だ。

 木製の柱と白い土壁をした、こけら葺き屋根の新しい家をすっかり掃除して、元居た家から家具を運び込んだ。

 方法は簡単である。以前いた家の家具の配置図と、新しく済む事になる家の配置図を見比べて、どの家具をどこに「転送」すれば良いのかを計算し、位置情報を間違えないように瞬間移動させるのだ。

 位置情報を間違えた場合は、家具が壁を突き破ったり、床を破壊したりするが、元あった場所と移動する場所を間違えなければ、「転送」と言う術は非常に便利である。

 一階にはお客様用のソファと、食卓になるテーブルと椅子、花瓶を飾れる程度の棚の上には、お洒落なデザインの遠距離通信機を置いた。

 ロフト状になっている二階は、寝室にすることにした。眠る前に読む本を並べた本棚を配置し、ベッドを運び込んだ。

 もし、占い師の仕事を再開するのだとしたら、このロフトが仕事場になるだろう。

 占い師としては、仕事場の雰囲気も大事にしたい。天上の梁が見えている所から壁に向けて飾り布をかけ、光魔球を燈せる丸いランタンを設置した。

 次に必要なのは庭の整備だ。庭造りは、家主の大好きな趣味であり、結界の役割もする。

 庭の草をむしり、スコップで土を耕し、飾り煉瓦で囲んだ花壇を造った。その柔らかい土を集めた場所に、花の球根をいくつか植える。

 今年の冬を越えて春が来たら、色取り取りの花が目を楽しませ、蜜を提供してくれるだろう。

 元居た屋敷の屋上に備えていた蜜蜂の巣箱も、蜜蜂達が怯えて人を刺さないような場所に、新しく設置してある。

 以前の家にいた頃、虫の肉を食べるベスパ達に、巣箱を蹂躙されかけた事もある。

 蜜蜂達は巣に入って来ようとする、自分達より体の大きなベスパに対して、一生懸命応戦していた。家主が気づくのが遅かったら、全滅させられていたかも知れない。

 普通のベスパだったら、先に来た数匹が殺傷されるか、疲れ切って帰ってしまえば、蜜蜂の籠を襲ったりはしないはずなのに。

 蜜蜂達がどれだけ応戦しても、相手を全滅させて幼虫達の肉を得る事を目的とする、狂暴なベスパ。そんなものが世に存在するなんて。

 そう考えて、球根を植えていた手を止めた。土に触れるために手袋に包んでいる両手が、仄かに冷たい。まるで、他の人に魔力を分けてあげた時のように。

 手袋を外してみると、暖かい土を掘り返していたのに、氷に触れていたように指先が青白く染まっている。

 つい数日前、両手で頬を包んであげた人物を、ローズマリーは思い出した。

 アン・セリスティア。朱緋眼と複数の意識を持った、複合存在。彼女「達」の心が、自分達の持つ痛々しいほどの冷酷さを実感している。

 ローズマリーは少し考え、両手を上にして、凍えている手に吐息を流した。彼女の手の平から放出されていた魔力が、球根に宿る。

「あの子を、守ってあげてね」と、ローズマリーは、命を眠らせている力強い植物達に、願いを託した。

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