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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第一章~死霊の町の一週間~
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10.不思議なもの

 水曜日朝八時三十分

 アンが最初に思いついたのはエム・カルバンの消えた場所は何処かと言う事だ。

 沼から溢れ出る邪気の宿ったガスと言う資源を失った死霊達が集まるなら、発電所だろうかと目星をつけた。

 しかし、発電所で悠長に始末されるのを待つわけがない。何等かの策が講じられていると考えたほうが良い。

 出動の準備をしながらそんな事を考えていると、フィン・マーヴェルが声をかけてきた。

「対・邪霊用の秘密兵器を作ってたんだけど、試験運用を手伝ってくれ」と、マーヴェルは言って、背中一面を覆うザックぐらいはある何かの装置を取り出した。

 使用者が肩にかけて運べるように両肩の位置にベルトが付けられ、硬い樹脂の殻で覆ったその中央には死霊の物と思われる「エネルギー流」が渦巻いている。

「ちょっと前まで、この近くに括ってた、手足の無い死霊を見たと思うんだけど。あいつから『コア』を取り出して、内在させている」と、マーヴェルは言う。

「死霊のコア?」と、アンは驚いて聞き返した。「それは、どんな役に立つの?」

「あいつが『妻』がどうの、『子供』がどうのって言ってたのを聞いた事はある?」と、マーヴェル。

「ある」とだけ、アンは答えた。

「あの死霊は自分の霊体に別の死霊を取り込んで、成長しようとする性質を持ってたんだ。取り込む邪気や死霊を『妻』とか『子』って言ってた。

 邪気を常に吸収し続けるって言う特徴を、何かに応用できないかと思って、ずっと同じ場に括ってたんだけど、遂にその性質を利用した『掃除機』が出来た。

 この金属の塊を、ベルトで胸のほうにかけて、唯歩いてるだけで邪気や死霊を吸い込む。もちろん、内部でコアが成長しないように、抑制の術をかけてある。

 取り込まれた霊体にも抑制の力は働くから、物としては邪気を吸い込み続けるだけだ。しかし……その細っこい体で、これを担いで歩けるかって言うと……」

 そう言いながら、マーヴェルはゆっくりと、視線をアンからシェル・ガーランドのほうに向ける。確かに、ガーランドのほうが体格が良くて筋肉質だ。

「分かった。私が試してみる」と言って、ガーランドは得体のしれない霊体のコアが入った機器のベルトを手に取った。


 ガーランドの体に邪気や邪霊の影響があった時のための「浄化役」として、アンは彼女に付き添った。

 邪気を吸い込まないための酸素マスクを装着し、ガーランドは「じゃぁ、運転してみるよ」と、くぐもった声を出す。

「了解」と、アンは答え、辺りを見回した。アンがこの町に来た時より邪気は薄くなっているが、まだ空を濁らせるくらいの影響力は残っている。

「モードは『中』段階から」と言って、ガーランドは機器のスイッチを入れる。

 モーターが回転し、エネルギー流が赤黒く光り始める。

 その状態で立ち止まっていると、雲の唸るような音が鳴り始め、ガーランドの周りに邪気が集まってきた。それは胸の中央にあるエネルギー流の中に吸い込まれる。

「これは便利だけど……」と、ガーランドはマスクの中で言う。「ボンベの中の酸素が持つ間しか使えないな。私まで邪気を吸い込みそうだ」

 決まった吸い込み口の無い試作機は、ガーランドの周りに集中的に邪気を集めている。その姿が黒く霞み始めた段階で、ガーランドはスイッチを切った。

「アン。浄化を頼む」と言いわれ、アンは箒に魔力を集め、ガーランドの周囲を回るように円を描いた。

 アンがパンッと軽く手を鳴らすと、円の内部に発光が起き、ガーランドの体を覆っていた邪気は消滅した。


 水曜日朝九時四十五分

 ガーランドは補給所に戻り、機器の改良点をマーヴェルに伝えた。使用者の体から離れた部分で邪気を吸い取るための仕掛けが必要だと。

「掃除機としての形の工夫も必要なのか」と言って、マーヴェルはメモを取る。

 一方、アンはガーランドと分かれてから、今まで掃除をして結界を仕込んだ場所の、「最前線」まで移動していた。中央地区の、エムが居た家の周りくらいまでだ。

 北東にある発電所までは、まだ区画の半分以上を突っ切る必要がある。


 色んな方向から各方法で、清掃員達が自分達の「前線」を作っており、アンも箒を操っている間に、別の人物の作った道と合流した。

 合流が分かると同時に、「ねぇ、貴女!」と、女の人の声がした。

 黒づくめの背中に銀色の狼の刺繍が施されているユニフォームを着ている。

 女性だが、長い前髪をワックスで後ろに撫でつけていた。サイドに揺れているボブヘアは前髪と同じ長さだと思われる。

 その女性は、瓦礫を乗り越え、小走りにアンに近寄り、片手を差し出す。

「初めまして。私はナズナ。ナズナ・メルヴィル。ウルフアイ清掃局所属。貴女は?」と、マーヴェルやガーランドより女性っぽい喋り方の局員は言う。

「アン・セリスティアです。ドラグーン清掃局から来ました」と、アンが握手に応じながら名乗ると、「へぇ。貴女がドラグーンの」と、嬉しそうにメルヴィルは言う。

「ニュースブックで、かなりのやり手だって読んだよ。実際、あっちから此処までの道、あなたが一人で作ったの?」

「作ったと言うか……。あちこち掃除をしてたら、ここまで到着しました」

「おお。結構、謙遜するね」と、メルヴィルは揶揄う。「せっかく道が合流した事だし、私達の方にも来てみてよ。何人か仲間がいるから」

「ありがとうございます。だけど、お仕事の邪魔になるんじゃ……」

「こんな町を一人で掃除してるのって、貴方くらいだよ。大丈夫。こっちは数が居るから、誰かが掃除してる間は、別の奴等は休んでたりする。ニュースブックでは出来ない情報交換とかもしたいしね」

 メルヴィルはそう言って、改めてアンの頭から爪先までを見た。

「貴女……。お風呂入って無いでしょ?」と、ずばりと指摘され、アンは赤面する。「いや……。はい……。確かに、この三日間、お風呂とは……縁遠い……です」と、たどたどしく語尾を落ち着けた。

「なら、なおさら、こっちのチームのほうに顔出しに来なよ。宿泊施設を一件丸ごと掃除したからさ、お風呂にも入れるし、ベッドでも休めるよ」

 言う事はきついが、メルヴィルに悪気は無いようだ。

「それじゃぁ……。その、お風呂を借りに……行きたいです」と言うと、ウルフアイの局員は、「じゃ、決まり」と言って、アンの先に立って歩き始めた。

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